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(カテゴリー)レポート

リトルアトリエスイッチ(大分県)

クレジット

[写真]  中村紀世志

[文章]  水島七恵

読了まで約5分

(更新日)2020年05月14日

(この記事について)

“障害がありながらがんばっています”。ではなく、ちょっとおもしろい、ちょっと気が抜けるようなエピソードに溢れた作品を、より魅力的な形で社会に届けたい。リトルアトリエスイッチ〉の活動が少しずつ周囲の意識を変えていく。

本文

健常者と障害のある人を隔てる
透明の壁にパンチする。

大分県大分市にあるコミュニティーセンター、J:comホルトホール大分。ここの1階エントランスホールにて、安部雅枝さんは<リトルアトリエスイッチ>主催のマルシェ<ツナグ>を開いていた。 <リトルアトリエスイッチ>とは、知的障害のある人たちが生み出すモノやコトの魅力を最大限に引き出すための仕掛けを作るべく、安部さん自ら立ち上げた活動のこと。主な活動内容は知的障害のある作家個人と契約をし、作品・表現を広く知ってもらうことを目的とした商品開発やパッケージデザイン、展示会・イベント企画などを行っている。

福岡県生まれ、大分県大分市在住の安部雅枝さん。大分県自閉症協会の部会長として、自閉症の子どもたちの教育・環境作りへも力を注いだ経験を持つ。

「今の社会、障害のある人たちに対するあからさまな差別はありませんし、バッシングもありません。けれど、そのぶん当たり障りのない関係になっているというか、何かこう……、健常者と障害のある人の間には、透明の壁があるような気がしているんです。その壁を<リトルアトリエスイッチ>の活動を通じてパンチし続けることで、穴を開けられないかと思っていて(笑)。またはひょっとすると向こうから穴を開けてくれるかもしれない。そう信じて活動しているんです」

もともと看護師だった安部さんは、自閉症のある双子の兄妹、侑朔さんと美緒さんの母親でもある。二卵性の双子でどちらも自閉症というのは、天文学的な確率で稀なケースだったとのことだが、障害のある子どもの親という感覚はなく、子どもが自分自身で選択できるよう工夫しつつも、「あくまでも普通に生きてきました」と安部さんは話す。

この日、5回目の開催となったマルシェ<ツナグ>に参加した団体は、<リトルアトリエスイッチ>、一般社団法人椿、親子パン教室mir、バッグ作家Sweet Rin、平凡商店の5団体。

そんな安部さんが<リトルアトリエスイッチ>の活動を始めるに至ったのは、ある日、息子の侑朔さんがテスト用紙の裏に描いた絵がきっかけとなっていた。

「侑朔の描いたその絵がとても気に入ってしまい、いつも持ち歩いていたんですが、あるとき『元気のでるアート展』という障害のある人たちの作品展を主催している吐合紀子さんと出会って、たまたまその絵を見せたところ、作品として展示していただけることになったんです。それがきっかけとなってアートに関わる様々な人たちと出会い、何気ない絵も見る人にとっては“おもしろい!”となって、作品として輝くことを知り、そのサポートがしたいと思うようになっていきました」

現在、<おおいた障がい者芸術文化支援センター>のセンター長を務めている吐合紀子さんと安部さん。

こうして安部さんは『元気のでるアート展』を支える社会福祉法人に就職し、企画展やイベント・セミナーなどを開催。多くを学ぶかたわらで<リトルアトリエスイッチ>の活動を始めた3年後、社会福祉法人の退職を機に本腰を入れて活動を行うようになった。

「通常“障害のある人の”と言うと福祉的なイメージを持つかもしれませんが、<リトルアトリエスイッチ>ではあくまでも1人の作家と個人契約し、その対価をお支払いしています。たまたま描いたモノを目に留めて、作品として表舞台に出す。そんな奇跡の1枚に出合えることもまた、この活動をするなかでの喜びのひとつになっています」


ちょっと面白い、ちょっと気が
抜けるようなエピソードこそ大切に。

今回で5回目となるマルシェ<ツナグ>には5つの団体が参加し、会場は次第に賑わっていった。参加団体でもある<リトルアトリエスイッチ>はこの日、ブローチやポーチ、ミニトートバッグにマグネット、クリアファイルなど、日常のなかで気軽に愛用できるアイテムを販売。会場では安部さんと、<リトルアトリエスイッチ>の商品デザインを担当している柳井紀子さんが来場者と交流を重ねていた。

古着のリメイクが好きな柳井さん(写真右)は、大分市内で古着屋<each>を運営している。

昔からものづくりが大好きで、子どもを出産してからは洋裁を独学でやるようになったという柳井さんは、「もともと私はゼロからものを作ることよりも、既存のものに対して提案したり、アレンジしたりする方が好きなんです」と語る。

今から約10年前に出会い、長く友人関係でもあったという柳井さんと安部さんが<リトルアトリエスイッチ>を始めて約6年。今では安部さんが障害のある人たちの手から生まれた表現のかたちを柳井さんに託すことで、商品が生まれていく。

マルシェ「ツナグ」のフライヤーにも「punch!」が込められていた。

「例えば雅枝さんは、『侑朔くんと美緒ちゃんから生まれた作品を好きなだけ使っていいよ』と言ってくれるので、自由な発想のなかでデザインをさせてもらっています。なかでも今メインで作っている商品のひとつに顔ポーチというものがあります。これは侑朔くんが創作したキャラクターのなかに下まつげの長いキャラクターがいて、それをモチーフにポーチを作っています。髪のパーツは美緒ちゃんが織った布。この顔ポーチ、今では<リトルアトリエスイッチ>でも定番商品になっていますが、私が作っただけではこの商品の魅力は伝わりません。やっぱり雅枝さんの人に伝える力があってこそ、人に届くのだと思っています」

マルシェ<ツナグ>の店頭にも並んだ<リトルアトリエスイッチ>の商品の数々。商品の一部は、大分県立美術館(OPAM)でも販売中。

ふたりでひとりの<リトルアトリエスイッチ>。安部さんもまた、柳井さんについてこう話してくれた。

「市場に出したい、社会に届けたいと思ったら、ただ作って満足するのではなく、商品自体が突き抜けてかっこいい、かわいいという要素が必要。さらには、その商品をどのようにディスプレイすると魅力的に映るのかいうところまで考え抜かないとだめだと思っているんです。だからこそ私は商品を作るにあたってプロの目を挟むべきだと考えています。そういう意味で<リトルアトリエスイッチ>は古くからの友人であり、洋裁のセンスがある柳井さんにデザインをお願いしました。やっぱりときめかないと、ダメですよね」

障害のある人たちから生み出されたモノをテーマとしながら、その内容はジャンルレス。写真は上から親子パン教室mir、平凡商店、一般社団法人椿の商品。

現在、その魅力を伝えやすいよう雑貨や文具をメインに展開している<リトルアトリエスイッチ>の商品だが、ゆくゆくは障害のある人たちが描いた絵をテキスタイルにした洋服なども作りたいと夢は膨らんでいる。安部さんは言う。

「“障害がありながらがんばっています”と一括りにされがちな世界ですが、本当はちょっとおもしろい、ちょっと気が抜けるようなエピソードがたくさんあります。<リトルアトリエスイッチ>の商品には、まさにそういうエピソードがたくさん詰まっているんです。そうしたエピソードを通して障害のある人たちが社会と繋がっていけたら、今とは違う展開がきっとあるはず。質の高いアート作品だけに価値があるわけではないということを、福祉作業所の方々にも体感してほしいし、そうなるサポートを、私は<リトルアトリエスイッチ>を通してやっていきたいと思っています」

健常者と障害のある人のあいだにあるという透明の壁。それを<リトルアトリエスイッチ>はこれからもパンチし続ける。破られた壁の先に見える景色の眺めがいいことを、ふたりは知っているから。