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(カテゴリー)INTERVIEWS

(タイトル)俳優・永瀬正敏と写真家・齋藤陽道がとらえた光とは? (2/3)

(この記事について)

前作『あん』で初めて音声ガイドに触れ、視覚障害者の人たちにも映画を届けたいという思いから、河瀨直美監督が手がけた最新作『光』。映画の音声ガイドを製作する美佐子と弱視のカメラマン雅哉との交流を描いた本作で、雅哉として出演するのは写真家としても活動する俳優の永瀬正敏さんだ。生まれつき耳の聞こえない写真家・齋藤陽道さんは字幕付きで本作品を3回観て、自分も体験したことがある感覚を覚えたという。二人が映画を通じて見た光について訊いた。

(更新日)

CREDIT

[文]  小川知子

[写真]  田上浩一

見るのではなく、触ることもひとつの声のかたち

齋藤:映画の中で雅哉は、やはりいろんなものを触っている。触ることが必要ですよね。僕も同じことをやるんです。被写体に会って、手話や筆談で喋るのではなくて、できるだけ相手の身体を触ってみる。僕自身も靴を脱いで裸足になって、世界と実際に触れ合いながら写真を撮るようにしているんです。触ることも、ひとつの声のかたちなんじゃないかと思っています。

永瀬:そうかもしれないですね。そこが雅哉と同じなのかもしれない。見えないで撮る感覚として。あ、雅哉の部屋に飾っている写真は、普段僕が撮っている写真なんですよ。ちらっとしか映ってないですけど。どうでしたか?

齋藤:すごくおっとこらしい写真だと思いました。今日実際にお会いしてみて、あの写真のイメージ、そのままなんだなあと思いました。

永瀬:やった! 

齋藤:やっぱり写真は人となりを表すというか、人=写真なんだなと。写真だけ見てもその人がわかると改めて思いました。写真を見るということも、やっぱりひとつの声のかたちなんだと思いました。

永瀬:ひとつの伝えるという手段ですよね。

齋藤:そういえば、ちなみに永瀬さんの視力って、どのくらいなんですか?

永瀬:乱視が少し入っているくらいで、普通に悪くはないです。

(写真について)雅哉の部屋に飾られた写真を「すごく男らしくて永瀬さんらしい」と齋藤さんに褒められて、ガッツポーズで喜ぶ永瀬さん。

齋藤:雅哉さんの視力は?

永瀬:雅哉の場合は、下を向いた状態で目の前にいる人の顔の上部が少しだけ見えているくらい。ほぼ見えてません。あとは、乳白色になっている。そういう弱視を体験できるキットが売っているんです。雅哉としてのリアリティを出すためには、普段から見えづらい状態でいなければいけなかったので、キットをつけながら街を歩いたりして。

齋藤:僕もそのキットをつけたことがあります。盲目の友達を撮る前に。僕の場合は、目も見えなくて耳も聞こえない「盲ろう」を体験することになるので、情報が何もなくなってしまいます。そのときガイドしてくれたのは、僕の妻なのですが、その妻の存在だけが頼り。すごく怖いと思いました。

永瀬:なるほど。僕もすごく怖かったです。

齋藤:雅哉が階段を降りるときに「怖い」と言っていた気持ちも、すごくわかります。

永瀬:突然後ろから来る自転車とかね。どっちに動けばかわせるのかわからなくて、固まっちゃう。いつもと同じ普段の生活範囲なら平気なはずなのに、突然のハプニングに非常に弱いというか。


映画を伝える一つの表現としての字幕のあり方って?

齋藤:河瀨監督の前作、永瀬さんが出演している『あん』も観ました。すっごく良かったです。どらやきが食べたくなりました。

永瀬:できればここでどら焼きを振る舞いたいくらいですけどね。フラットな鉄板が命なんですよ。

齋藤:ううむ、ぜひ食べてみたいです(笑)。邦画はまだあまり日本語字幕がついていないことが多くて、「あっ、字幕がある」、「ありゃ、字幕ないんだ」と一喜一憂するのもちょっと大変で……、普段はなかなか観ることがないのですが、『あん』はたまたまパッケージを手にとったときに、珍しく字幕があることに気づいたので、観ようと思ったのがきっかけでした。

永瀬:映画って、観る人を限定するものではないと僕は考えていて。みなさんに楽しんでいただけるように作っているので、字幕だったり、音声ガイドだったりもっと観やすい環境にできるのであれば、プラスアルファで加えていくべきだと思うんですよね。ただ、『光』の場合は、音声ガイドの映画に音声ガイドをつけることになるから、大変だったろうなと想像しますけど、そのバージョンも全部目を閉じて聞いてみたい。今は、スマホのアプリでも聞けるんですよね。

齋藤を観て、「あっ、見えない人はこうやってスマホを使うんだ!」という発見がありました。これはすごくありがたかったです。目の見えない友達がいるんですが、いつもどんなふうに操作しているのか知らないままだったので。ちなみにその友達と話すときは、iPhoneにある文字を読み上げるアプリを使って、男性の声か女性の声かを選んだり、読み上げている途中にテンポを変えたり、ボリュームを下げたりとめちゃくちゃなことをして笑ったり。今はありがたいことに伝える方法が少しずつ増えてはいますが、まだ声の幅が狭いというか……、かたちが小さい感じがするんです。だからそれがもっと広がっていけばいいなと思いました。『光』でも、いろんな声がクロスオーバーして、混ざっていましたね。

永瀬:もっと太い声があってもいいし、高い声があってもいい。いろいろなバリエーションがあると選択肢が広がっていいかもしれないですね。

齋藤:僕は、声による表現の違いはわかることができないけれど、映画だと字幕がありますよね。たとえば……、ただぽんと字幕がでるだけではなくて……、希望を言えば、声に合わせて文字がぼんやり出てきたり、色が変わったり、光ったり、動いたりすればもう少し楽しく観られるんじゃないかなあ〜と思ったりします。

永瀬:なるほど。

齋藤:声の感情を何かのかたちで字幕にも乗せられたら、僕らももっと映画の世界に入りこめるのかな、と思ったりします。押し付けがましくなってしまうだけかもしれないですが……。

永瀬:確かに。字幕の出し方も含めてまだまだ映画には可能性があるということですね。こういう意見を、もっと生かしていければいいですよね。


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