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(カテゴリー)INTERVIEWS

(タイトル)フランス人映像作家、レティシア・カートンが撮った、手話を言語として話す人たちの世界

(この記事について)

レティシア・カートンはある日、友人のヴァンサンを突然亡くした。レティシアに、手話という言語の豊かさと、ろう者の見ている世界を教えてくれたヴァンサン。親愛なる友人の死に深い喪失感を覚えつつも、やがてレティシアはヴァンサンの遺志を受け継ぐように、ろう者の生きる世界を映し出したドキュメンタリー映画、『ヴァンサンへの手紙』を完成させた。2度目の来日となるレティシア監督に、本作にかけた想いを伺った。

(更新日)2018年9月20日

CREDIT

[編集・文]  水島七恵

[写真]  田上浩一

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映画『ヴァンサンへの手紙』予告編

手話を奪われたろう者たちの葛藤

――そもそも聴者のレティシア監督が、手話に興味を持ったきっかけとはなんですか?

幼少期に観ていたフランスの子供番組がきっかけなんです。確か「手は言葉を持っている」というタイトルの番組だったと思うんですが、毎回、番組内では手話が登場するんですね。それで、そのときの手の動きはもちろん、目線、表情を含めた身体全体の動きの美しさに、魅了されて。私は子供ながらに手話の持つ「身体性」に惹かれていきました。

――その体験が原点となって、のちに手話を学ぶようになるんですね。『ヴァンサンへの手紙』の中ではレティシア監督が初めて出会ったろう者として、サンドリーヌさんも登場します。

サンドリーヌは私が10歳ぐらいのときに出会った、今では大切な幼馴染です。ただ、映画の中でも語られているように、出会った当時の彼女は、手話を使ったことがありませんでした。それはろう学校で口話法01を学んでいたからです。「聞こえない音を口から発する訓練を、何度も何度も繰り返した」。そう話す彼女に対して、当時、私は動揺しました。どれだけ大変なことだったのだろうと。

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レティシア・カートン監督。

――手話か口話か。その選択肢さえ与えられなかった時代背景を知ることは、本作で描かれている大切な主題のひとつにもなっています。

私の世代、70年代に生まれたろう者にとって、それは共通の問題でした。そもそもフランスは、世界で初めてろう学校が設立された国です。1791年にパリ国立ろう学校が開校されて以降、手話教育によって、多くのろうの子供たちのコミュニケーション能力、読み書きの能力が向上しました。ところが1880年にミラノ会議02が行われると、手話による教育が禁止され、代わりに口話法が採用されるようになったのです。以降、手話は、100年以上に渡って禁止されました。その後、80年代に入ると再び手話を使おうという機運が高まっていくのですが、70年代生まれのろう者で、かつ聴者の両親を持つ場合は、やはり口話法を選択するしかなかったのです。

――選択肢のないことで抱えてしまうろう者の葛藤が、本作では誠実に映し出されています。

私自身がこのミラノ会議のことを知ったのは、映画のもう一人の主人公である、ヴァンサンに出会った後のことでした。つまり、私はヴァンサンを通じて、本当の意味でのろう者が抱えた葛藤の深さを、知ることになったのです。

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映画『ヴァンサンへの手紙』より。 © Kaléo Films


親愛なる友人の遺志を、10年かけて受け継ぐ

――ろう者の交流の場であるデフクラブを通じて出会ったレティシア監督とヴァンサンさんですが、ヴァンサンさんとの出会いは、レティシア監督に何をもたらしましたか?

今まで見えていなかった世界の存在に気づかせてくれた人、それがヴァンサンです。彼が気づかせてくれた世界は、現実に対する意識、ものの見方が一変してしまうような世界でした。出会った後、ヴァンサンは小さな田舎町からパリに移住しました。彼自身、それをきっかけに大きな変化を遂げていきました。まず、口話法で育ったヴァンサンの手話がとても上達します。そして田舎では知る術のなかったろう者の歴史、様々な文化を吸収していくなかで、自分らしい生き方を模索していきました。そしてヴァンサンは何よりも新生活で得た知識や体験のすべてを、私と分かち合ってくれました。そういうなかで、私たちはろう者のことをもっと社会に知らせたいと、ドキュメンタリー映画を一緒に作ることを決意するのですが……、まもなくしてヴァンサンは自ら命を絶ってしまうのです。

――そのヴァンサンさんの遺志を受け継ぎ、完成された映画が本作ですね。

生前、ヴァンサンはパリに移住してもなお、どこか自分自身が何者であるのか悩んでいるようでした。ゆえに亡くなった当時、私はヴァンサンを追い込んだ社会に対する怒りと悔しさでいっぱいでしたし、何もできなかった自分の無力さにも苦しみ続けました。その感情に突き動かされた私は、社会に対する怒りを入り口に、活動家のような立場から映画の撮影をしようとしていました。ですが、実際にろう者の友人、知人、その家族と触れ合っていくなかで、自分の怒りが少しずつ静まっていくのを感じました。そこでようやく私は怒りの下にある、本当の感情を見つめていくようになったのです。

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映画『ヴァンサンへの手紙』より。 © Kaléo Films

――劇中、レティシア監督とヴァンサンさんが所縁のあるろう者とその家族がたくさん登場します。サンドリーヌさんを始め、レティシア監督の手話講師だったステファヌさんとその一家、ヴァンサンさんが憧れていた俳優、レベントさんやエマニュエルさん、活動家のパトリックさんなど、レティシア監督は彼ら、彼女たちの日常をすくい取り、考えに耳を傾けながら、次第にこの映画の新たな方向性を見つけていったのですね。

そうです。そして私は手話をもっと全面に出して撮りたいと思うようになりました。ただ、そう決めてから実際に映画を撮り終えるまでには、約10年もの歳月がかかりました。

――聴者であるレティシア監督がろう者の世界を描くというときに、出演者の皆さんは最初どんな反応を持ちましたか?

みなさん最初は私にこう尋ねます。「ろう者でもなければろう者の家族を持っているわけでもないのに、なぜあなたは私たちの世界に興味を持つの?」と。でも対話を重ねるうちに、人は人に対して興味を持つんだということを理解してくれます。ちなみにこれはフランスの場合ですが、ろう者は聴者に話しかけられるとすごく嬉しいようです。それは聴者が自分たちの世界に歩み寄ってくれたんだと感じるから。でも現実は、まだまだどうやってろう者とコミュニケーションを取ったらいいのだろうと、わからずに怖がっているように思います。日本はどうでしょう? ひとりひとりの考え方も違うと思いますが、ジェスチャーでも筆談でも良いので、まずは話しかけてみるという勇気を持って欲しいです。結局は人対人ですから、心をまず開くことが大切だと思います。


手話はひとつの美しい言語

――冒頭のシーンは、レティシア監督がヴァンサンさんとの思い出を手話で語ることから始まりますが、その手話が本当に美しくて、どこか癒されるようなところがありました。

私が幼少期に手話に惹かれた気持ちがわかりました?(笑)。私はダンスが好きで踊ったりもしているのですが、その踊りのフィルターを通して手話を見つめてみると、まさに手話はダンスの振り付けのように映ります。それもとっても美しい振り付けに。

――また手話とは、音声言語とまったく変わらない、独自の文法を持つ、素晴らしい言語なのだとも思いました。

まさにそうです。そもそも手話というものは、言葉が発見される前に、人類が最初に使った言語ではないかと私は思っているんです。そうだとするなら、例えば赤ちゃんが言葉を発する前にはじめる身振り、手振りもまた、言語の芽生えであり、手話に近しいものを感じます。また、私はよく瞑想をするんですけど、ひとつのことに100%集中するという意味では、手話もまた瞑想に非常に近い存在だと思います。

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映画『ヴァンサンへの手紙』より。 © Kaléo Films

――ここまで語られてきたように、本作は手話を入り口としたろう者の世界を描いていますが、一方で口語教育を否定するのではなく、最終的にはろう者が自分の生き方を選択できる。その選択肢のある社会が大切なのではと思うのですが、レティシア監督はどう考えていますか?

私自身、手話でも口話でも本人が生きやすい方を選択できることが一番良いことだと思います。ですが、2018年の現代になっても、これはフランスで感じていることですが、未だに選択権が存在していないことが現実なのです。例えば高校まで手話教育を受けられる機関のあるリヨンやトゥールーズに住んでいる場合はともかく、パリに住んでいる場合は特に、夫婦がろうの子どものために手話講師を探そうとしても大変な苦労します。なので、本当に手話教育を求めるならば、その環境がある場所へと引っ越しせざるをえません。ただそうなると生活が一変してしまうので、家族全体に犠牲を伴うことにも繋がってしまうのです。

――本作がその現実を揺り動かすひとつのきっかけになったのでは?

フランスで公開された時に、私たちはバイリンガルろう教育学校03が増えることを非常に期待していました。けれど、映画を通じて人々の心に大きな変化はあったかもしれないけれど、政治的な変化は見られませんでした。実際の物事の変化と進化は、とてもスピードが遅いものです。

――その現実を受け止めながら、現在レティシア監督は何を見つめているのでしょう?

映画が完成することで、私の中ではひとつの区切りがついたと感じています。なので、映像作家としては別の題材に意識が向いていますが、私生活は別です。これからもろうの友人たちとの交流は続いていきます。私はろう者の大使のような立場で『ヴァンサンへの手紙』を撮りましたが、今後は優れたろう者の映画監督が登場して、その監督がろう者の想いを引き継いていって欲しい。自分たちの文化を広めてくれることを願っています。

――最後になりますが、『ヴァンサンへの手紙』の「ヴァンサン」という部分は、いろんな人物にも置き換えられると思いました。

まさにそれが映画の魔法だと思います。観客は登場人物に自分の想いを重ねて同一化して観るもの。そして親密なところから普遍的なところに達するのが映画の特徴であり、私が映画を愛する理由なのです。


◎Information

『ヴァンサンへの手紙』
10月13日よりアップリンク渋谷ほか全国順次公開

監督:レティシア・カートン
出演:レティシア・カートン、ヴァンサン、ステファヌほか
音楽:カミーユ
日本共同配給:アップリンク、聾の鳥プロダクション
©2015 Kaleo Films, Le Miroir

[STORY]
手話に興味を持った映像作家のレティシア・カートンは、デフクラブに「ろう者の友達募集」の広告を出したことがきっかけで、ろう者のヴァンサンと出会う。ヴァンサンと交流を重ねるうちに、ろう者を取り巻く社会の現実と苦悩を知ったレティシアは、ろう者のことを広く社会に伝えるため、ヴァンサンと一緒にドキュメンタリー映画を作ることを決意する。ところがある日、ヴァンサンは突然命を絶ってしまった。それから10年。ヴァンサンの意思を継いだレティシアは、ドキュメンタリー作品『ヴァンサンへの手紙』を完成させる。本作を通じてレティシアは、ヴァンサンとの思い出を語るとともに、さまざまな境遇で育ってきたろう者の心の声を浮き彫りにしていく。
*作品の詳細や劇場情報は公式サイトよりご確認ください。


KEYWORDS(記事中の言葉)

01:口話法

音声言語に基づいて言語を教える方法。 補聴器を活用する聴能、話し手の口の動きや表情を読み取る読話、正常な発音器官を訓練しての発語の要素がある。
※出典:デジタル大辞典(小学館)

02:ミラノ会議

1880年、イタリア・ミラノで開かれた第2回国際ろう教育者会議(通称:ミラノ会議)。欧米のろう教育実践家たちが集まり、口話法派と手話法派による激しい議論が行われた結果、「手話法は口話法より劣っている」と決議された。
その新しい教育方法はフランスのみならず各国のろう学校に影響を及ぼし、ろう学校では長らく手話が禁止され、授業は全て音声のみ、発音と読唇術の練習を課す、いわゆる口話教育が行われてきた。日本も例外なく同様の措置が取られた。それから130年後の2010年、カナダ・バンクーバーで開かれた第21回国際ろう教育者会議で「手話を否定したミラノ会議のすべての決議を却下する」旨の決議が採択された。
※映画『ヴァンサンへの手紙』プレス資料より

03:バイリンガルろう教育学校

フランス手話を第一言語、書記フランス語(文字の読み書きによるフランス語)を第二言語として習得させる教育法のこと。
※映画『ヴァンサンへの手紙』プレス資料より

PROFILE関連人物

レティシア・カートンさんの顔写真

レティシア・カートン

(英語表記)Laetitia Carton

(レティシア・カートンさんのプロフィール)

映像作家。1974年生まれ、フランス・ヴィシー出身。フォー・ラ・モンターニュにて活動し、現代アート作品を発表するが、学士入学したリヨンの美術学校でドキュメンタリー映画製作と出会う。卒業制作“D’un chagrin j’ai fait un repos(直訳:あまりの悲しみに休息を取った)”や長編ドキュメンタリー“Edmond, un portait de Baudoin(直訳:エドモン、ボードワンの肖像)”などが海外各国の映画祭で上映され、様々な賞を受賞。現在は人とダンスに焦点を当てた新作ドキュメンタリー映画『Le Grand Bal』を製作し、 2018年カンヌ国際映画祭にて上映された。