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(カテゴリー)レポート

わかたけアート(沖縄県)

クレジット

[写真]  黄瀬麻以

[文]  井出幸亮

読了まで約5分

(更新日)2019年02月22日

(この記事について)

沖縄・浦添市の社会福祉法人「若竹福祉会」が運営する〈わかたけアート〉。2001年に始まり、今では沖縄県を代表する障害者のアート展覧会となった「素朴の大砲」展とともに成長してきた彼らは、沖縄におけるこの分野の先駆的存在だ。メンバーの作品が国内外の展示に数多く出品され、高い評価を得るその活動の成り立ちと背景とは。

本文

ウチの施設にこんなに素晴らしい才能がいっぱい溢れていたなんて

さんさんと照る太陽の光が注ぎ、風が通り抜ける開放的な空間で、810名ほどが思い思いに好きな絵を描いたり、器作りをしている。沖縄県浦添市の社会福祉法人「若竹福祉会」の事業〈社会就労センターわかたけ(以下、わかたけ)〉が、週に1度の陶芸と絵画の創作時間を設けるようになったのは10年ほど前。

おおきなつくえをかこんでりようしゃがさくひんをせいさくしているようす。

1982年に共同作業所としてスタートし、97年から社会福祉法人として運営してきた同会の利用者の中には、以前から絵を描くなどの表現を独自に行っている人々がいたものの、「当初は彼らの作り出すものの本当の魅力に、私たち自身も気がついていなかった」と、総合施設長の村田涼子さんは語る。そんな同会が施設としてアート活動により深く関わることになったきっかけは、現在は同会の理事を務め、彼らの創作の支援と指導を行う朝妻彰さんの存在によるところが大きいという。

「特別支援学校の美術教諭をされていた朝妻さんや他の先生方が、障害のある人たちが描いた絵をずっと溜め置いてくださっていたんです。『彼らの作品は力強くて素晴らしい』と。2001年には朝妻さんたちが企画した『アートキャンプ 素朴の大砲展』という展覧会が浦添市美術館で開かれ、そこに利用者の方々が作品を出品したところ、大きな反響があり、多くの方々が関心を持って集まってくださいました。そうした中で、私自身も『ウチの施設にこんなに素晴らしい才能がいっぱい溢れていたなんて』と目を開かされたんです」

じょせいがきみどりいろのカラーペンでえをかいているようす

漢字を緻密に書き連ねた絵を描く喜舎場盛也さん、大好きなバスとその運転手の姿を描き続ける狩俣明宏さん他、独自の表現世界を持つ〈わかたけ〉のメンバーの作品世界が広く紹介されて以来、同展は現在までに6回開催され、また国内外のさまざまな企画展に参加する機会も増えた。2010年にフランスのパリ市立アル・サン・ピエール美術館で開催された「アール・ブリュット・ジャポネ展」では、国内の出展者63人の内、4人が〈わかたけ〉のメンバーだった。

「若竹福祉会」総合施設長の村田涼子さん(左)と、理事でアート活動の指導を行う朝妻彰さん(右)。

美術教師としての長いキャリアを持つ朝妻さんだが、「あくまで自分がやりたいことをするのが基本。ストレスにならない範囲で画材を提案することはある」と言う。利用者の一人で、エスカレーターと花火の絵を描き続けている志多伯逸さんも、当初は花火を白い画用紙に鉛筆で描いていたが、朝妻さんのアドバイスで、黒い画用紙にゲルインキボールペンでカラフルな絵を描くようになった。

花火とエレベーターを描き続ける志多伯逸さん。ほとんどは実在の風景でなく、自分の考えた架空の光景を描いている。

志多伯さんは中学校を卒業する直前に朝妻さんと出会い、急遽、進路を変更して朝妻さんの勤める学校へと進学することにしたという。それから現在に至るまで、絵は志多伯さんの日常生活になくてはならない大切なものとなり、休みがあれば大好きなエスカレーターをパソコンで調べては、見学に行く日々だ。


アート活動が周囲の目線を変え、障害者と社会をつなげてくれる

こうしたアート活動を続けることは、利用者の生活の向上だけでなく、施設の職員や周囲の人々にも影響を及ぼしている、と村田さんは語る。

2006年に米ノースカロライナ州へ『TEACCH』という自閉症児のためのプログラムを勉強しに行き、自閉症の特性に関する知識を得て、彼らの認知や行動について色々なことがわかりました。

国内のみならずイギリス、フランス、スイスなどの多くの展覧会に作品を出品している喜舎場盛也さん。近年は漢字ではなく小さな星や丸などを細かく描き込む作品を制作している。

たとえば、喜舎場さんは毎週、歯医者さんに行くと、他人が読んでいる新聞を取り上げて読んでしまうので、私たちはいつも頭を下げて謝っていたのですが、実は彼はその新聞から描くべき漢字を探していたんです。バスが大好きな狩俣さんは、停車したバスの乗車口の階段を駆け上がり、運転手の名札を確認しては降りるという行為を繰り返すので、バス会社から苦情がきたこともあります。だけど、それもやっぱり彼らの表現に結びついているんですね。だから、私は彼の描いた絵を持ってバス会社に謝りに行き、説明しました。彼らはただ意味もなく迷惑なことをするだけではないんだ、私たちとものの見方が違うだけなんだと。そうしたらその後、バスの運転手さんが娘さんと展覧会に来てくださったんです。狩俣さんが描いた絵を見て、娘さんが『自分の父だ、すごく似ている』と喜んでくださったので、その絵をプレゼントしました。こうして、障害のある人自身が、地域の理解者を少しずつ増やすきっかけを作ってくれているとも言えると思うんです」

わかたけアートのりようしゃとすたっふがさぎょうしているようす

「わかたけアート」の創作時間に通うのはのべ40名ほど。8名前後のメンバーが同時に創作を行う。

創作は自身のエネルギーの発露でもあるが、そこから生まれた作品は人を繋げ、社会との繋がりも発生させる。〈わかたけ〉が運営し、利用者が働く那覇市の県総合福祉センター内の〈cafeめしギャラリーさまさま〉では、作品の展示の他、利用者の制作した器の使用や、グッズの販売も行っている。その背後には、若竹福祉会が掲げる「人が光を放つのは、人との関わりの中」という理念がある。

パンフレットのひょうしには「ひとがひかりをはなつのはひととのかかわりのなか」ということばがかいてある。

「若竹福祉会」のパンフレットにも掲載されている狩俣さんの作品は、バス運転手さんの姿を描いたもの。

〈cafeめしギャラリーさまさま〉のギャラリースペースには、〈わかたけ〉メンバーの作品が展示されている。

「今の状況があるのも、彼らの力を信じてくださった先生たちがいたから。絵は好きでなくても音楽がすごく得意だとか、みんなそれぞれ素晴らしい才能を持っていると思いますが、その光を引き出していくには、やはり人との関わりが必要なんです。障害者が笑顔で生きられる環境を作るために、これからも人のつながりを大切にしていきたいです」


Information

社会就労センター わかたけ
沖縄県浦添市前田998-3
TEL : 098-877-0664