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小さなアトリエに眠る巨大なエナジー。〈Rawside〉が大事にする“生(なま)の表現”とは

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小さなアトリエに眠る巨大なエナジー。〈Rawside〉が大事にする“生(なま)の表現”とは

クレジット

[文]  中野由佳

[写真(*をのぞく)]  熊谷直子

読了まで約6分

(更新日)2019年03月08日

(この記事について)

韓国で障害者の芸術活動を支援するNPO(非営利民間団体)〈Rawside〉(ローサイド)。そのアトリエで出合った、鮮やかな作品群とシンプルな思い。

本文

韓国・ソウル。この大都市で障害者の芸術活動を支援する

Rawside〉は、中心部から北西に移動した弘済洞の住宅地にアトリエを構える。作業テーブルと事務机、所蔵棚がぎゅっと同居する小さなスペースは部室のような雰囲気で、すっかり和んでしまう居心地の良さ。

今回話を聞いたのは〈Rawside〉の共同代表コ・ジェフィルさん。映画監督を目指していたという彼が、なぜ現在のような活動を続けているのか。「原始的に生まれたパワーで創作する人たちの“生の表現”を紹介したい」。そんな思いを込めて名付けられた〈Rawside〉の歩みを聞いてみた。

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〈Rawside〉の共同代表 コ・ジェフィルさん(左)、スタッフのチョン・ユヒさん(右)。

「〈Rawside〉の活動は2008年にアニメーション作家など数人のアーティストが、とあるワークショップでクァク・ギュソプさんという自閉症の男の子の作品に触れたことがきっかけで始まりました。彼は日頃からノートを埋め尽くすほどたくさんの絵を描いていて、どれも心を動かすものだったけれど、ノートが溜まると捨ててしまっていたんです。そのノートにはいくつかの植物のキャラクターが描かれていたので、ある日〈Rawside〉のスタッフは彼のお母さんにキャラクターを切り抜いておくようサポートしてもらいたいと提案しました。すると、クァク・ギュソプさんは数百個の植物のキャラクターを創りました。それを展示したのが〈Rawside〉の活動の原点です」

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〈Rawside〉を始動するきっかけになった、カク・ギュソプさんの作品。*

キム・ドンヒョンさんの作品は、スイスのアール・ブリュット・コレクションに所蔵されているものも。

映像作家でもあるコさんが正式に〈Rawside〉の一員になったのは2012年。実はそれより前の2008年、奈良で障害者のアート活動を支援する〈たんぽぽの家〉で行われたドキュメンタリーの撮影に参加していた。当時手にした書籍『エイブルアート』に〈たんぽぽの家〉が紹介されていて興味を持ったからだった。その繋がりから〈Rawside〉の一員になり、最近では〈たんぽぽの家〉が主催するアート、ビジネス、福祉の分野を超えて、出合いと仕事を生むことを目的とした「Good Job!展」に参加し、講演会にも登壇。コさんは日韓の障害者アートが交わる場においてのキーマンだ。

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コさんが〈たんぽぽの家〉を知るきっかけとなった書籍「エイブルアート」。


シナジーを起こす“ART-LINK”

韓国では最近になってようやく障害者の芸術活動の支援が必要だという声が増えてきたが、以前はそのような活動を行う団体がほとんどなく、障害者が絵を描くことは芸術療法として捉えられていた。

Rawside〉は2012年から現在のアトリエを借りることで作家たちに創作の場を提供できるようになり、ゆるやかにコミュニティーが広がっていった。現在は社会的協同組合を設立して法人化している。

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〈Rawside〉のアトリエ活動。取材日はアトリエ活動のない日だったけれど、普段はアトリエのみならず街中でも創作活動が行われている。*

「〈Rawside〉の活動の中心に“ART-LINK”というものがあります。これは作家とさまざまな分野のアーティストを繋げるプロジェクト。アーティストは音楽や広告業界で活動するデザイナーや映像作家、服のデザイナーなどで、〈Rawside〉の作家が彼らと出会うことで影響を与え合い、面白い作品を生み出そうというのが目的です」

作家のパク・ボムさんはシャネルなどのファッションブランドとガムへの関心が強いユニークな個性の持ち主。コさんがストップモーションアニメーションを制作し、ガムのキャラクターがポートフォリオを持って有名デザイナーに会いにいくというシュールな物語をパクさんが吹き替えで熱演した。

「彼はたくさんの宗教を信じていて不思議なアイデアを持っているので、一緒に制作することでいいシナジーが生まれましたね。僕には到底思いつけないようなシナリオを発案します。この作品は、車椅子の人も入ることのできるカフェ〈ビョルコル〉で上映会もしました」

(埋め込みコンテンツについて) えいぞうさくひんのどうが

(埋め込みコンテンツについて) えいぞうさくひんのどうが。 パク・ボムさんがシナリオとナレーションを担当したアニメーション。

ゲームや本を読むことが好きなチョン・ジンホさんはお喋りが大好き。教授のようなキャラクターを生かし、美術大学の教授や学生の前で絵を用いながら実際に講義を行った。

美術大学で講義を行うチョン・ジンホさん。*

絵を描くのも服を作るのも得意なチャ・ギスンさんは、〈Rawside〉に通うようになってから創作意欲がヒートアップ。彼女のドローイングを使ってテキスタイルなど、さまざまなグッズを制作している。

緻密でデザイン性に富んだチャ・ギスンさんのドローイング。*

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チャ・ギスンさんがART-LINKでデザイナーと共同制作したワンピース。


変化はゆっくりとやってくる

商品の販売やワークショップ、展示が一体となった「リンクマーケット」の運営も活動の中心のひとつ。聖堂や劇場、ギャラリーなどオープンな会場で行うことで、商品を売るだけでなく、活動の周知にも力を注いでいる。ほかには、ソウル市立北部病院を訪れ、作家たちが患者の似顔絵を描くプロジェクトを5年間続けている。これは作家の人件費を含めたかたちで報酬をもらうことができる、大事な収入源なのだそう。

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温かみある色調で、記憶の中の象徴的だった集まりやご馳走、イベントを描くジョン・ジョンビルさん。*

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身のまわりのタイポグラフィを作品に用いるホン・ソクファンさんの作品。

「僕たちの活動を知ってもらうために、やるべきことはまだまだたくさんありますが、以前より障害者の芸術活動への関心は強くなってきていると感じます。ソウル市立美術館や国立現代美術館では障害のある人が関わったプログラムが組まれていたり、美術館から障害者がもっと美術館に来やすくなるためのプロジェクトを依頼されたりもしています。韓国では車椅子での行動範囲が限られているので、障害者が集まってデモを行うことも盛んです。秋夕(チュソク)には里帰りをする人がたくさんいますが、障害者の集団が大規模なデモを起こして高速バスを止めるという事態も起きました。変化はゆっくりとやってくるけど、社会の意識は少しずつ変わってきていると思います。それと、一生懸命働いているスタッフが頑張りすぎていないかも常に気にしています。この仕事はエネルギーの分配が難しいですから」。

そう語るコさんに、スタッフのキムさんが笑顔でこう返す。「相手に障害があるかどうかは関係なく、人と人が何かをするとき、何らかの障害はつきものですよね。だから、一緒に美味しいものを食べたりしながら作業を続けていけばいいと思います」

ありのままの感性を引き出し、できるだけ味つけをしないで世の中に届ける。〈Rawside〉の鯔背さが作家たちの作品の旨みを引き出しているに違いない。

スタッフのキム・ソンヒさん(左)。釜山の書店で〈Rawside〉の作品集を手にしたのが出会いだった。


関連人物

Rawside

(Rawsideさんのプロフィール)
2008年、韓国・ソウルを拠点に立ち上げた障害者の芸術活動の支援を行うNPO。現在は発達障害、精神障害のある人を中心に19名の作家が活動している。さまざまな分野のアーティストを共同創作者(アートサポーター)として迎えて創作を行う「ART-LINK」、そのコラボレーションによって実験的な展示を行う「LINK MARKET」を企画・運営。小規模な企業とともに商品開発なども行なっている。
(Rawsideさんの関連サイト)