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(カテゴリー)レポート

Atelierみるく(沖縄県)

クレジット

[写真]  黄瀬麻以

[文]  井出幸亮

読了まで約5分

(更新日)2019年03月26日

(この記事について)

沖縄県内で3カ所の児童発達支援事業を行う〈Atelierみるく〉は音楽、絵画や彫刻などさまざまな芸術活動を行っている。その背景には、歌や踊りを通じて、それぞれの子どもたちの中にある「太陽」を照らす、沖縄古来の子育て文化があった。

本文

マクロコスモスの太陽と、人の内面にあるミクロコスモスの太陽とを照らし合わせるために。

先生がつまびく琉球竪琴のゆっくりとやさしい音色に、数人の子どもたちがじっと静かに聴き入る。沖縄県・名護市〈Atelier みるく やんばる〉は0歳から小学校入学までの未就学児を中心とした児童発達支援と、6歳から18歳までの放課後等デイサービスを行う多機能型障害児通所支援事業所。

すたっふとこどもたちがあかいおおきなぬののはしをもってじょうげにうごかしてあそんでいるようす。
あかいぬののうえにこどもがねころがってわらっているようす。

名護市字宇茂佐の〈Atelier みるく やんばる〉での活動の様子。大きくて柔らかい布と戯れる「布あそび」は定番のプログラム。

「わらべうた」を歌いながら、スタッフが大きな赤いシルクの一枚布を広げ、子どもたちと一緒に揺らしたり、子どもの身体をすっぽり覆ったりして遊ぶ。柔らかな布に包まれる心地よさから、彼らは楽しそうに何度もその行為を繰り返していく。

中頭郡西原町、那覇市松島、名護市字宇茂佐で計3カ所の〈Atelierみるく〉を運営する「一般社団法人NAPNature and Art Program)」が発足したのは2015年。1997年に設立された音楽と自然体験を通した活動を中心に行うプログラム「てぃーだキッズミュージアム」のスタッフが中心となり、活動が始まった。

施設長の田中美也子さん。沖縄に伝わるわらべうたやお手玉などの遊びの背景にある子育ての文化を研究、紹介している。

竪琴やピアノ、リコーダー、バイオリン、三線などの楽器演奏の他、絵画、切り絵、刺繍、彫刻から貝の採集まで、音楽、美術と自然体験を通して創作を行うその活動の根底には、沖縄古来の子育て文化があると施設長の田中美也子さんは語る。

「沖縄には子どもたちを歌や言葉で育ててきた歴史があります。元々、高校の音楽教師だった私は、古くから伝わるわらべうたの採集を通して、沖縄の子育て文化について知ることになりました。そもそも音楽だけでなく、芸術はすべて個人の感性を大切にするものですから、社会的な基準にとらわれる必要はありませんよね。障害のある子どもたちも、色や音と触れている時間はさまざまな制約から開放され、自由でいられる。芸術を楽しむ上で、障害はマイナスになりません。沖縄には『てぃーだぬふぁ』という言葉がありますが、これは『太陽の子』という意味です。琉球王国の英祖王が生まれる際、母の身に太陽の子が入ったという言い伝えから生まれたもので、つまり『それぞれの人のミクロコスモスの持つ太陽に照らして生きていく。行くべき道は自分自身の中にある』ということです。子どもたちを叱る時もやはり、『あなたの太陽はどこにあるの?』と問いかけます。また沖縄でも、冬至に向けて太陽の光が弱まっていくと、自分のエネルギーも弱まると考えられてきました。ですから、冬至祭になれば、歌って踊り、太陽を励まします。それらはすべて、人が自らの内に太陽を宿して生まれ、太陽を羅針盤として生きてきたことの表れなんです」

子どもたちと施設内で行う「かくれんぼ」遊びも、わらべうたに合わせて。


ゆっくりと時間をかけて、
内に秘めた力を反転させて外へと向ける。

中頭郡西原町の〈Atelier みるく〉では、幼児から高校3年生まで、現在80名ほどの子どもたちを受け入れており、毎日、5〜15名ほどが放課後に通所し、自由に創作を行っている。絵を描きたい人、粘土で遊びたい人、ピアノを弾きたい人など、それぞれが好きなタイミングで活動に取り組む。年に一度は、南城市佐敷の音楽堂〈シュガーホール〉でコンサートと作品展示も行っている。技術の上達や評価を得るためにピアノを弾くのではなく、今、この瞬間に響く音そのものを楽しむ。そんな子どもたちの姿は「私たちにも重要な示唆を与えてくれる」と田中さんは語る。

中頭郡西原町の〈Atelier みるく〉。子どもたちが自由に創作に取り組めるよう、さまざまな画材や道具類が用意されている。

きいろいティーシャツをきたおとこのこがピアノをひいているようす。

「絵でも音楽でも、大人はどうしても展示や発表の可能な『作品』に仕上げたいという気持ちになってしまいがちですよね。上手くできたらもう一度同じことをやらせたい、とか。でも、子どもたちはそう望んでいない場合もあります。しかし一方で、子どもには、成長したい、刺激を受けて変化したいと思ったり、憧れを感じて『こうありたい』と願うこともある。それは当然ながら、子どもたち自身の中にしかないものですから、彼らと一緒に日々、歩んでいく中で、少しずつ見えて来るものだと思います。私たちが『こうあらねば』と考え、押し付けることのないようにしなければいけないと思っています」

さくひんをてにもってしゃしんにうつるこども

ここで多くの時間を過ごした子どもたちが、学校を卒業してからスタッフとして加わるという例も少なくない。〈Atelier みるく やんばる〉で働く清野飛翔さんは、通所していた頃から「貝博士」として知られるほどの大の貝好き。現在も膨大な貝類のコレクションを施設の中で管理し、研究と並行しながら、スタッフとして仕事を行っている。子どもたちと歩いて行ける近くの海岸は「貝の宝庫」。子どもたちは、清野さんに貝の種類や見つけ方を教えてもらいながら、夢中になって貝採取をするという。

かいがんでみつけたかいがら
すなはまとうみととそらのしゃしん。

〈Atelier みるく やんばる〉の「貝博士」、清野飛翔(きよの・つばさ)さん。子どもたちとビーチに貝採りに行く際は、まず最初に海の神様にお祈りをする。

1000種以上に及ぶ貝類のコレクション。子どもたちとともに一つひとつ標本にして整理している。

「私たちは沖縄で『太陽の貝』と称されるゴホウラという巻貝を、ひとつの象徴として掲げています。この巻貝は何度も巻いて、だんだん大きくなって、最後に外へと翼のように開いて成貝になることで、自分の命を守ります。ゆっくりと時間をかけて、内に秘めた力を反転させて外へと向ける。そのダイナミズムを、人間の発達における成長過程と重ね合わせているんです。個の中に閉じる過程を経て、内的な成熟と社会的・文化的な成熟が導かれる。芸術や自然と触れ合う時間が、その大きな助けになると信じています」


Information

多機能型障害児通所支援事業所
Atelier みるく
沖縄県名護市宇茂佐1543
TEL : 098-043-9756

一般社団法人NAP
名称の「NAP」は、「Nature and Art Program」の頭文字で、マジャール語(ハンガリーの公用語)で「太陽」を意味します。
沖縄県西原町小橋川80 Nature and Art Program
TEL : 098-963-5211