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(写真について)アドルフ・ヴェルフリ《南=ロンドン》1911年
©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

(カテゴリー)COLUMNS

(タイトル)アドルフ・ヴェルフリ 空洞の音楽

文:蓮沼執太[音楽家]

(この記事について)

アウトサイダー・アート、アール・ブリュットの巨匠と評され、戦前のシュルレアリスムの画家たちにも影響を与えたスイス出身の芸術家、アドルフ・ヴェルフリ(1864-1930)。現在巡回中の日本初となる本格的回顧展は、4月29日から最終地、東京ステーションギャラリーへと移ります。生涯の大半を精神科病院で過ごし、病室で描き続けた2万5千ページ以上の作品群。「作曲家」と自称したヴェルフリの絵画に刻まれたおびただしい音符の連なりに、音楽家・蓮沼執太さんが見たもの。

(更新日)2017年04月28日

固定概念へのいくつもの疑問を投げかけてくるように

鉛筆で描かれたモノクロのドローイングを眺めている。初期のアドルフ・ヴェルフリ01の鉛筆画には楽譜を思わせるような線符、言葉や人間が描かれており、作曲家という署名まで入っている。色鉛筆で描かれた作品では音符が規則的に並びリズミカルに記されていて、この作品では音楽が作曲されているのかもしれない。びっしりと編まれている言葉は、叙情詩として綴られているのかもしれない。画面いっぱいに広がる表計算のような数字の羅列は、コンピューター・プログラミングの数式を思わせるような密度の高い情報量にも思えてくる。もしかしたら演奏が出来るかもしれない、詩を朗読出来るかもしれない、コンピューター言語として何かを起動出来るかもしれない。様々な可能性を想像することが出来る媒体のようにも思えてくる。

さらに彼が書いた膨大な物語を読み進んでいく。彼の創造物に関与していくことは、私たちが想像をすることによって初めて作品として成り立つように思えてくる。それは未完成や何かが欠けている、という意味ではなく、私たちが彼の作品に寄り添い、協働のような形で作品と付き合うことで、「生きた芸術」のような感触が生まれる感じがする。そこでまずは、私たちの固定概念を取り払うことが大切なように思えてくる。つまり、たとえばアウトサイダー・アート02アール・ブリュット03というフレームを破棄して、極めて強いオリジナリティを発見していくこと。そうすることによって、彼の様々なアプローチが作品の中で複雑に絡み合い、真実はひとつではなく無数にあることを私たちに知らせてくれるような気がする。現代社会を生きていて常に考えてしまっている既成の認識に対して、疑問をいくつも投げかけてくるように。

(写真について)

自室に積み重ねられた本の横に立つアドルフ・ヴェルフリ、1921年
©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern

(写真について)

アドルフ・ヴェルフリ《利子計算=最終, 1912年6月1日. 11頁》1912年
©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern


スコアから感じる余白、そして内側へ繋がる穴

ここである音楽を再生してみる。ブリュッセルにある音楽レーベル「Sub Rosa」からリリースされているアルバムで、ヴェルフリの作品をベルギーの作曲家でヴァイオリニストのボドゥアン・ドゥ・ジャエル(Baudouin De Jaer)がスコア(楽譜)として解読し、演奏したレコーディング作品を聴いている。ここに収録されているヴァイオリンの音色は、あるときは調性のとれたメロディーが、またはヴァイオリンとは思えないようなキーンと耳に突き刺さるような高音、動物や虫の鳴き声のようなリズムを持った打楽器的な音楽に聴こえてくる。私はいま「音楽を聴いている」と認識しているが、それはヴェルフリのスコアを元に演奏されたものということを知っているが故に「音楽を聴いている」という思考の耳になっている。しかし、もしかするとこの事前の情報がなければ、音楽ではなくただ単純に「音」を聴いている、と感じるかもしれない。音楽と音の間を行ったり来たりするように。

ジャエルはヴェルフリの作品をいていく。スコアの中に潜んでいるルール、仕組み、指示を読み取って、自分の楽器に置き換えて絵画から音楽に変換していく。この行為はヴェルフリの作品に近寄り、新しい想像をすることに近い。ヴェルフリの作品と協働することによって、現実世界に演奏行為が行われ音楽になる。人間が「音楽」と感じるのは、西洋的な考え方に近しく、音のそれぞれに調和があって、ズレがなく整理された音楽、という認識が大多数だと思う。このアルバムを聴いていると、人間が「音楽」と決めている、いわゆる「音楽」にならなくたっていい、という気持ちになる。ただ「音」がそこにあればよく、心地よく不揃いに奏でられる音。いわゆる音楽のスコアはそこに書かれた音や指示が作品構成のすべてであり、絶対である。必ず作曲家が描いた世界を音で 現前させなければいけない。

しかし、ヴェルフリが書いたスコアからの音にはどこか「余白」を感じる。隙間がないほどたくさんのモチーフが描かれている作品のはずなのに、奏でられる音には隙間が生じている。この「余白」はなんだろうか。ヴェルフリの作品にはたくさんの人の顔、目がある。鋭い眼差しのように感じるが、実は黒い穴のように目が描かれている。これは目ではなく、作品の内側へと繋がる「穴」ではないだろうか。ヴェルフリの内側へ通じる穴。私たちと作品を繋ぐインターフェイスと言っても良いのかもしれない。その穴が「余白」として、そのまま音に表れていると感じる。楽譜から音がとても自然に立ち上がっていることがわかる。生であり、事実そのまま、そして野性的でもある音楽。それは音楽でもあり、物語でもあり、叙情詩でもあり、絵画でもある。ヴェルフリの作品すべてに通ずることに思える。

(写真について)

アドルフ・ヴェルフリ《聖アドルフ=墓=泉=城》1918年
©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern


私たちに見えている世界はひとつではない、ということ

大量に生み出された作品のことに触れると、ある時間を感じる。ヴェルフリの長年続いた作品創作の時間である。それは個人と社会、自分と他者、日常とその対極にあるもの、常にアウトプットすることで戦ってきたひとりの人間の歴史でもある。非常に多義的な世界を感じる。日常において私たちに見えている世界はひとつではなく、見えていない別の世界が存在する可能性があるのではないか、ということを気づかせてくれる。私はヴェルフリの極めて個人的な神話に触れながらこのようなことを思った。

(写真について)

アドルフ・ヴェルフリ《ホテル-シュテルン〔星〕》1905年
作品と写真はすべてベルン美術館 アドルフ・ヴェルフリ財団蔵
all works and photos ©Adolf Wölfli Foundation, Museum of Fine Arts Bern


KEYWORDS(記事中の言葉)

01:アドルフ・ヴェルフリ

Adolf Wölfli/1864年、スイス、ベルン郊外の貧しい家庭に7人兄弟の末っ子として生まれる。ヴェルフリは幼い頃から里親の元を転々とし、厳しい労働を強いられるなど孤独と生活苦に苛まれる日々を送る。数回にわたる犯罪の末、31歳で統合失調症と診断され精神科病院に収容される。その4年後の1899年、鉛筆と新聞用紙を与えられ、絵を描き始める。最初に取り組んだ空想の世界の自伝的シリーズ『揺りかごから墓場まで』は、4年間で2,970頁にわたる物語を紡いだ。『地理と代数の書』では理想の王国を築く方法を詳細に説き、『歌と舞曲の書』では独創的な音楽づくりに没頭。自らのレクイエムとして描いた『葬送行進曲』は、2年間で16冊、8,404頁におよんだが、1930年、腸の病により死去。1945年、フランスの画家ジャン・デュビュッフェによってアール・ブリュットの芸術家として位置づけられ、広くその存在が知られるようになった。

02:アール・ブリュット

「生(き)の芸術」というフランス語。正規の芸術教育を受けていない人による、技巧や流行に囚われない自由で無垢な表現を讃えて、1945年にフランス人の美術家、ジャン・デュビュッフェが創り出した言葉。その後、イギリスの美術評論家、ロジャー・カーディナルにより「アウトサイダー・アート」と英訳され、世界各地へ広まった。

03:アウトサイダー・アート

イギリスの美術批評家であるロジャー・カーディナルが「アール・ブリュット」を英語で紹介する際に訳した言葉。1972年に刊行した書籍『Outsider Art』にて発表された。

PROFILE関連人物

蓮沼執太さんの顔写真

蓮沼執太

(英語表記)Shuta Hasunuma

(蓮沼執太さんのプロフィール)

1983年、東京都生まれ。音楽家、作曲家。音楽作品のリリースのほか、「蓮沼執太フィル」を組織し、国内外のコンサート公演や映画、演劇、ダンス、音楽プロデュースなどでの制作多数。また近年では、作曲という手法を様々なメディアに応用し、映像、サウンド、立体、インスタレーションを発表。最新アルバムにタブラ奏者 U-zhaanとのコラボレーション・アルバム『2 Tone』(2017)。自ら企画・構成をするコンサートシリーズ『ミュージック・トゥデイ』を主催。2014年はアジアン・カルチャル・カウンシル(ACC)のグランティとして渡米。主な個展に「作曲的|compositions : rhythm」(2016、スパイラルガーデン、東京)など。2017年文化庁東アジア文化交流使として中国北京にて個展『作曲性|compositions』Beijing Cultural and Art Centerを開催し、現在ニューヨークを拠点に活動。

(蓮沼執太さんの関連サイト)

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