ストーリー
presentation

(カテゴリー)レポート

ふくろうの森ビル(大分県)

クレジット

[写真]  中村紀世志

[文]  水島七恵

読了まで約7分

(更新日)2020年03月24日

(この記事について)

あえて計画をせず、そのとき、その瞬間のグルーヴを大切にする。〈ふくろうの森ビル〉は、ビル1Fの〈ジェラテリアふくろう〉を入り口にしながら、誰もが自由に振る舞い、様々な価値観と出合う場所として機能していた。

本文

どうろにめんするたてもののかべは、いちめんあおいタイル。

〈ジェラテリアふくろう〉の外観。営業は月〜金は10:00~17:00、土・日曜・祝日は11:00~17:00。

〈ジェラテリアふくろう〉は、施設利用者と社会をつなぐゲートウェイ

温泉数、湧出量ともに日本一の温泉地、別府温泉から車で約25分。大分駅から車で約10分のところに、ふくろうの森ビルがある。障害のある人の就労支援施設〈やまねこ工房〉が入るこのビルは、日々、同時多発的に物事が起きている。 ビルのオーナーで、〈やまねこ工房〉を運営している一般社団法人〈あらやしき〉の代表理事を務める古山圭二さんは「ここは “ 就労支援施設 ” という形式をとった、人の垣根を作らない場所。なかでもビル1Fの〈ジェラテリアふくろう〉は、〈やまねこ工房〉と社会とをつなぐゲートウェイです」と、笑顔で話す。

ジャズのサックス奏者でもある古山圭二さん。カフェ店内に流れるBGMは、レコード盤による昔ながらのアナログ音源。

ジェラートのメニューボードには、ジェラート、びわ、メロン、2しゅるいのアラモード、こがしアーモンド、ピーナッツ、チョコレート、すだちミルク、こうちゃがある。

手作りジャラートのメニュー看板は、〈やまねこ工房〉の所属の人たちによる手作り。

イギリス製のステンドグラスの扉を開けると、高い天井に広々とした空間。点在するテーブルと椅子はアンティークのもので統一された〈ジェラテリアふくろう〉は、自家焙煎コーヒーと軽食、そして季節ごとにメニューが変わる手作りジェラートが人気だ。

ジェラートがテーブルのうえにのっているようす

ジェラート担当は消火器好きで、消火器の絵を描く小野天哉(たかや)さん。すだちミルクとこがしアーモンドの2種類のジェラートを注文。

レコードから流れる音楽に耳をすませながら、椅子にゆったりともたれかかっていると、小野天哉さんと同じく〈やまねこ工房〉所属の安部侑朔さんがカフェ自慢の自家焙煎コーヒーを淹れて運んできてくれた。自閉症の安部さんは幼い頃から絵を描くことが大好き。ビル2Fの一室で絵を描きながら、コーヒー豆の選別作業とカフェ店員を務めている。

グァテマラが主軸のハウスブレンドコーヒーを淹れてくれた安部さん。

「自分が選別した豆でコーヒーを淹れてくれます。侑朔さんのコーヒーはお客様に好評ですよ」

バーを経営してそこで体験したことを、福祉でも生かしたい

古山さんが〈ふくろうの森ビル〉のオーナーになったのは、2016年のこと。それまで約10年、地元・大分でバーを経営しながらジャズのサックス奏者でもあった古山さんが、就労支援施設も兼ねた複合施設ビルを作ろうと思った背景には、自身が小学生の頃に不登校を経験したことがあった。

「当時、不登校になる生徒は学校にはいなかっ たので、僕がその記念すべき第一号に(笑)。映画を観たり、ときに家出をしたりしながら過ごしていたんですが、両親がともに夜の仕事に就いていた関係もあって、ある時期から児童養護施設で暮らしていました。男ばかりの施設で、閉鎖的な空気が流れていて、子供ながらにその雰囲気に違和感を覚えていました。

そのときの経験がきっかけとなって高校卒業後に上京し、福祉関係の専門学校へ入学。今思えば、何か自分の力で変えたかったんでしょうね。児童養護施設での経験が自分の反骨精神を育みましたが、今は自分自身が行動し変化していくことが、未来に追いつける気がします」

専門学校卒業後は神奈川県の社会福祉法人に就職し、支援員として働き始めた古山さん。

「施設の常識や仕組みを変えたいと、作業所などの施設立ち上げなどにも携わりました。自分なりにやるべきことに邁進した日々でした」と当時を振り返る古山さんは、36歳で大分へ帰郷。バーテンダーだった父親の仕事を継ぐように自身もその道へ。帰郷から3年後には、10坪ほどの小さなバーをオープンさせた。

「本当に多種多様なお客さんが遊びにきてくれました。カウンター越しにそんなお客さんたちと毎日楽しく交流を図るにつれて、ふと僕は、この感覚を福祉とつなげられないだろうか?と、思い始めたのです」

風通しのよい空間。障害のあるなしに関わらず多様な人が集い、働きながら面白いことが日々生まれていく。そんな場所を作りたい。心に灯った古山さんの想いは、バーを初めて10年後に形となる。

「ちょうど50歳になる手前の頃でした。身体が十分に動く間にやりたいことをしようと思ったんです。それで物件を探しているうちにこのビルにたどり着いたわけですが、まさかビルを丸ごと買うことになるとは思ってもみなかったので、奥さんに報告するときはとても緊張しました(笑)」

計画はしない。現場で起きる生のグルーヴを大切にして

しろくてまるいふかざらのまんなかにごはんがもりつけてあり、りょうわきに2しゅるいのカレーがかかっている。

最近はこだわりのスパイスを使った2種類のカレーライスも、〈ジェラテリアふくろう〉の人気メニューに。

ビル一棟。予想外のスケールに古山さんも最初は不安があったというが、いざ始めてみると、〈やまねこ工房〉の利用希望は多かった。現在、彼ら 彼女たちは日々ジェラートやケーキ、自家焙煎珈琲 の製造をはじめ、ワークショップやライブの企画運営、クラフト小物、チラシ制作、SNSでの情報発信、外部イベントでのライブ演奏などを行っている。

また〈ジェラテリアふくろう〉の奥には、フラワーショップ〈花屋そらうみ〉が出店し、カフェやビル内の他のスペースを使ったフラワー教室も好評。並行して定期的にライブが行われるほか、ヨガや読み聞かせを始めとする様々なワークショップがビルのなかで盛んに行われている。

取材に訪れたこの日、〈花屋そらうみ〉のオーナー財前信冶さんによる、お正月のしめ縄飾りのワークショップが行われていた。

「おかげさまで外からの『ここで何かやりたいです』という、持ち込み企画や提携パートナー、スタッフ希望者が後を絶ちません。その結果、ビルのなかでは日々何かしらの催しが行われ、いろんな人が出入りしていますが、それもこれも計画はしていないんですよ。というか、むしろ僕自身は計画しない努力をしています」

持ち込み企画の場合、利用者をはじめから話し合いに入れてスペース代をあえて取らない代わりに、例えば〈ジェラテリアふくろう〉で特別メニュー を開発したり、〈花屋そらうみ〉でお花の演出を盛り込んだりと、その人なりの交流を図ってもらうようにしている。また料理が得意な人がいれば、カフェメニューの開発の相談に乗ってもらうことも。こうしてあえてルールを作らないことで生まれる現象を、古山さんはとても大切にしていた。

ビルのあちこちで〈やまねこ工房〉所属作家の作品が展示されている。

「計画しないことによる、心配事はもちろんあります。ですがジャズのセッションでも同じプレイばかり繰り返しては、つまらないでしょう。それと一緒。そのとき、その瞬間でしか生まれないグルーヴにこそ、何かこう、〈ふくろうの森ビル〉の本質が宿るような気がしているんです。計画しない、把握しない。そこで起きる現象をおもしろがる。それがここのスタイルです」

恋の悩みや人間関係の悩みを打ち明けられる場所

黒木さんは主に広報に関わる文章のとりまとめを担いながら、女性ならではの視点で〈やまねこ工房〉所属の人たちの相談役もしている。

「私がフリーランスのライターとして独立して間もない頃、『ゆかちゃん、もし時間があるならビルに遊びに来て』と古山さんから声をかけてもらったんです。それで実際に遊びに行ってみると、『もし余裕があるのであれば、ゆかちゃんがこれまで培ってきたノウハウを生かしてもらいながら、ここの広報をしてくれないかな?』と、相談いただいて。私自身、それまで障害のある人たちと一緒に働いた経験がなかったんですね。だから私に務まるかどうか、正直、不安がありました」

会社員時代にふくろうの森ビルの取材経験もあったという黒木さんは、考えた末に、広報の仕事を引き受けることにする。

ジャズ、クラシック他、多国籍のライブ演奏を定期的に開催している、〈ジェラテリアふくろう〉。そのフライヤーの数々が、ビル2Fの壁に貼られていた。

「いざ働いてみてまず実感したことは、障害という言葉は知っている。だけど理解はしていなかったということでした。最初、私は自分が彼ら、彼女たちに何かしてあげなくてはいけないという、ある意味上から目線でいたところがあったんです。でもそんな私の思い込みは初日から崩されまして。まず向こうから気軽に話しかけてくれますし、私のことを職員ではなく友人のように接してくれたんです。その姿を見ながら、自分の中の凝り固まった思い込みが消えていくのを感じました。そして計画性のないフリースタイルが、〈ふくろうの森ビル〉のスタイルです(笑)。

コーヒー豆の選別をする。カフェ店員をする。お菓子を作る。絵を描く。音楽を作るなど、利用者ひとりひとりが主体性を持って、やりたいこと、できることを自分で見つけてやっていくので、私はそれを外側からつねに見守っている。そんな感じなのです」

英語の読み聞かせをやっている人の依頼で、オリジナル曲を作曲中の太田千晶さん。

ビルの2Fで黒木さんを取材中も、その周辺ではざわざわと人が出たり入ったり。テーブルでこつこつ内職をしている人もいれば、おしゃべりを楽しんでいる人もいる。次第にお菓子の焼けた匂いが漂ってきて、お腹も空いてくる。ふくろうの森ビルとは、誰ひとり孤独にしない安心感と、何かがつねにはじまりそうな高揚感が同居した場所だった。

取材中に焼き上がったケーキ。翌日のスペインギターのライブで販売するため郷土菓子のレシピを研究した。

「割合的に女性が多いので、古山さんには相談できない恋愛の悩みとか、友達同士の悩みとかを私に打ち明けてくれる子も多いです(笑)。みんな本当にピュアですし、個人差は多少ありますけど、気持ちいいぐらいにみんな嫌なことは嫌と、ちゃんと自分の意思を伝えてくれる。その姿を見ながら、逆に健常と呼ばれる私たちの方が、壁を作って他者との関係性をおかしくしていることがあるのかもしれないなと、思うことがあります」

レコードのしゃしん

黒木さんとの会話を経て、最後、古山さんに挨拶をしようと声をかけた。すると思いがけない言葉が返ってきた。

「あ、先ほど計画しない、フリースタイルがふくろうの森ビルの特徴とお話ししましたが、ひとつだけルールを決めていました。それはレコードをかけ直すときは、ゆっくりと。業務にしないことがここの唯一のルールです」

チャーミングなルールに思わず笑みがこぼれつつ、でもそれこそがこの場所を魅力的にしている本質であり、人が豊かに循環している理由でもあると感じた。


Information
《ふくろうの森ビル》
大分県大分市王子中町3-5ふくろうの森ビル
電話:097-511-1293
ふくろうの森ビル Facebook
ふくろうの森ビル ウェブページ