STORIES

(カテゴリー)レポート

(タイトル)袋田病院(茨城県)

(この記事について)

日本三名瀑(めいばく)のひとつに数えられる袋田の滝。そのすぐ近くに〈袋田病院〉という精神科病院がある。2019年秋に、「袋田病院美術館(アートフェスタ2019)」が開催された。〈袋田病院〉では2013年から年に一度、アートフェスタを行い、地域の人を招いている。フェスタは患者や職員らがアートを介して精神科医療の歴史や課題を掘り起こし、これからの医療や生き方を考える創造的実験を試みているのだという。

(更新日)2020年06月05日

CREDIT

[写真]  萬田康文

[文]  井上英樹

(写真について)今回のフェスタでは足湯が登場。フェスタにやって来た人たちは足を温めのんびりとした時間を過ごした。

フェスタ当日は秋晴れの気持ちのよい日だった。しかし、開催前に日本中を襲った台風19 号による被害は、ここ袋田病院周辺にも及んでいた。周囲の河川は氾濫し、橋が崩落した。床上浸水した患者や職員の家もあった。

被害は深刻で「この時期にフェスタを行う意味があるのか?」という声が内外から起きた。当初2日間にわたって行われる予定だったフェスタは1 日のみの開催となった。

(写真について)的場政樹院長によるインスタレーション。展示会場は霊安室。展示の傍らに院長が立ち、作品の意図を説明していた。

しかし、袋田病院を訪れた人の顔や、スタッフの楽しそうな表情を見ると、開催が間違いでなかったことがわかる。「やる意味を考え抜いた」と実行委員長の上原耕生(こうお)さんは言う。

「台風の後、みんなと顔を合わせてホッとした。そこに囲炉裏ような暖かさがあった。袋田病院に行けば、仲間やスタッフなど知った顔がある。地域に袋田病院がある意味を再認識した気がしますね。ここは囲炉裏のような暖かい場所なんだなと」

(写真について)左が渡邊さん、右が上原さん。袋田病院で彫られたゴム版画の前で。

患者が壁を叩いた跡が「作品」に

実を言うと、精神科病院を訪れることに対し、私は少し緊張していた。足を踏み入れた経験もないのに、映画や小説からの情報だけはたくさんあった。ネガティブなイメージを持っていたことは事実だ。しかし、実際に訪れるとそれが杞憂であったことを実感した。

「想像の精神科病院」と大きな違いがあったのだ。たしかに、一点を見つめる人やじっとしゃがみ込んでいる人など、少々不思議な行動を取る人を見かけたが、挨拶をすると元気な返事が戻ってきた。その声のトーンや表情から穏やかな人が多いように感じた。病院を訪れたことで境界線を引いているのは自分自身だということを知った。

フェスタでは病院全体が展示場になり、ステージが設けられたり、お店が出店されていた。作業療法士の渡邉慶子さんに旧病棟に案内してもらった。

廊下の壁に大きな穴が空いているのを見つけた。人が殴った跡のようだった。穴の周囲にはフレームが付けられており、見事な「作品」になっていた。

「患者さんが壁を叩いた跡です」と、渡邉さんは笑う。見回すとたくさんの「作品」が並んでいた。人間の行動の深層を知り、解決していく、もしくは寄り添っていくことが精神科病院の役目の一つだろう。その過程で生まれた穴さえも、アートという視座から見れば違う解釈ができる。

人体が天井から逆さにぶら下がっている展示があった。患者が見た世界を表現したのだそうだ。傍らで作品解説をしているのは病院のスタッフや患者だ。アートを見学しながら精神科医療に触れ、自分自身を知る時間でもあった。

作品を治療や分析的に使わない

(写真について)アトリエホロスで三代一生(ミヨイッセイ)さんが制作したステンドグラス作品。「父」「母」「子」をイメージして作られた。本作は「父」。

〈袋田病院〉ではデイケアホロスという造形活動(運動やカラオケも)を行う場がある。ホロスとはギリシャ語で全体性の意味を持つ。つまり、個性の集まりであることを示している。

「活動で生まれる作品を治療や分析的に使ってはいません。表現活動のひとつだと考えています。ですが、ホロスに通うことでアートや技法に出合い、実際にステンドグラス作家としてスタートした人もいるんです」と渡邉さんが嬉しそうに教えてくれた。

ただ、「精神科病院にいる人だからすごい作品を作るわけではない」と上原さんは言う。

「精神科病院には草間彌生さんのようなクリエイティブな人ばかりがいるイメージを持っている人がいる。だけど、現実はそうじゃない。クリエイティブな人も、そうじゃない人もいる。ただ、特徴はなにかというと、すごく執着心のある人が多いことでしょうか。好き嫌いがはっきりしているんです。だけど、“これが好き”と、マッチすると制作に没頭する。その時に、面白い作品が誕生することがあるんですよ」

(写真について)版画制作を行う小室弘行さん。一心不乱にゴム版を彫り進める。

アトリエを見学していると、寝ている人、おしゃべりしている人、制作に没頭している人がいた。共通しているのは、ここが彼らにとってかけがえのない場所ということだ。ホロスという場所がひとつの作品のように、病院敷地内の高台にそっと存在していた。

フェスタは〈袋田病院〉にとっての一側面にすぎない。関わる人全てにそれぞれの思いがあるはずだ。

「精神科病院を開放する」ことに対して、ネガティブな感情を抱く人もいたかもしれない。が、病院を開いたことで変わったことがあると渡邉さんは感じている。

「以前、地域の子どもは『悪いことをすると、袋田病院に入れるぞ!』と叱られたそうなんです。だけど、今は変わりました。『病院が何をやっているのかが見えてきた。この地に袋田病院があることを誇りに思う』って。そんなことを話してくれた地域の人がいました」。

新しい時代に要請される精神科医療

茨城県にあるこの精神科病院のフェスタや取り組みは、医療の世界から見ると小さな一歩かもしれない。

しかし、ここを訪れる人にとっては大きな経験だ。〈袋田病院〉の理念には「新しい時代に要請される精神科医療を創造的に実践していくこと」との一節がある。〈袋田病院〉は大勢の人を巻き込みながら、その理念を慎重に実践している。

医療法人直志会 袋田病院
https://www.fukuroda-hp.jp/

 取材は2019年秋に実施しました。