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(カテゴリー)レポート

アトリエ・エー(東京都)

クレジット

[写真]  阪本 勇

[文]  上條桂子

読了まで約5分

(更新日)2017年06月09日

(この記事について)

ダウン症や自閉症の子どもたちを中心とした絵の教室〈atelier Aアトリエ・エー)〉には、いつも笑い声が響き渡る。彼らの自由な創作と豊かな時間をレポートした。

本文

最初はなんとなく
参加への一歩が
踏み出せなかった

「ダウン症の子ってかわいいから好きなんだよね」。高校時代の友人がある時こう言った。当時は、そうだよね〜と軽く流していたが、正直、よくわからなかった。かわいいとかかわいくないという言葉で語れるほどダウン症の子に身近な知り合いもいない。中学校には、障害のある生徒のクラスが併設されていたが、彼らと交流した経験はあまりなかった。というよりも、接し方がわからず、同じ空間にいながらも彼らには近づかなかったのが本音だ。

私は現在〈アトリエ・エー〉に、スタッフとして参加している。スタッフと言っても、ユーレイ部員なので大きな顔はできないのだけれども。〈アトリエ・エー〉とは、渋谷区在住の赤荻さんと洋子さんご夫妻が2003年に始めたダウン症、自閉症の子どもたちを中心とした絵の教室だ。月1回、絵や工作を楽しむ会を開催している。彼らは他にも〈エイブルFC〉というサッカーチームも運営している。

〈アトリエ・エー〉の存在は知人の話で聞いており、彼らの創作物や活動にすごく興味があったのだけど、自分から手を挙げて参加を申し出ることはなかった。なんとなく一歩が踏み出せなかった。なぜだろうか。当時「ボランティア」という言葉自体うさん臭く感じていたし、なんだか馴染めなかったのだ。そういうコミュニティから発せられる「いいことをしてる私たち」という空気が、どうも苦手だったのだ。もちろんその苦手意識は、勝手な先入観からくるものだったのだが……。

赤荻洋子さん(上)と赤荻徹さん(下)。3人の子どもたちも一緒にアトリエに参加する。


何を作ってもいい。
すべての創作物が
祝福される場所

一人でそういう押し問答を繰り返していたが、2012年、ある仕事でボランティアに参加する数人にインタビューするという機会があった。それは〈アトリエ・エー〉に傍観者として参加できる絶好のチャンスじゃないかと、初めて参加した。

〈アトリエ・エー〉には、通常1520人くらい、多い時には50人もの子どもたちと、子どもとほぼ同数のボランティアスタッフがいて、約2時間の中でお絵描きや工作などをして、最後にみんなの前で一人ずつ“発表”をする。この“発表”タイムが一番の山場、盛り上がりを見せるところだ。

ボランティアスタッフたちは、赤荻さんの人脈、またスタッフ間での呼びかけで集まってくるが、カメラマン、デザイナー、イラストレーター、編集者、モデル……と、さまざまな職業の人たちが参加している。それも〈アトリエ・エー〉の特徴といえるだろう。赤荻さんの妻・洋子さんがヘルパーの資格を持っている他、福祉のプロはいない。スタッフもそれぞれの興味で〈アトリエ・エー〉にやってくる。

最初、私のような絵も描けない、福祉の経験もない人間が子どもたちに絵を教えるなんてできるんだろうか、そう思っていた。赤荻さんも敢えてなのか、スタッフに子どもたちへの接し方を教えたり、どうすべきかなんてことは言わない。最初の頃は、話しかけ過ぎて子どもにプイっとされたり、逆に放っておいて怒られたり、距離感が掴めず自分もビクビクしていた。

「〈アトリエ・エー〉では、教える・教えられるという関係ではなく、できる限り対等な立場で、同じ空間で、同じ時間を一緒に過ごして欲しいと思っています。子どもたちだって毎週代わる代わる人が来て、突然隣の席に座って『何描いてるの?』なんて声を掛けられるのは緊張するでしょう。だから、スタッフも同じ。どんな子がいるのかわからない状況で、一からコミュニケーションを構築する、そうしてそれぞれの関係性を築いていく。そのドキドキ感がおもしろいと思っています」と赤荻徹さん。

雄大くんは、アイドルグループ・嵐の大ファン。常に彼らの曲を聞きながら、歌詞を紙につづっている。

菅くんはアトリエの人気者だ。周囲を和ませてくれる。

そうして何度か〈アトリエ・エー〉に通ううちに、「教えるなんてとんでもない!」ということに気づき始めた。子どもたちには、こちらがなにか「してあげる」とか「教える」なんてことは必要ないのだ。ここに来る子どもたちには、とてつもない表現欲がある。私たちは、ペンやハサミが欲しいと言われたらそれを差し出し、描いているものを見て、ほめる。どんな絵を描くか、何を作るかも自由だし、決まったカリキュラムはない。このアトリエで生み出されたすべての創作物は、みんなから祝福されるのだ。

京太郎くん。〈アトリエ・エー〉一番の古株。カメラを向けると大見得(おおみえ)を切ってくれた。


いつもそこに開いている場所、
それがみんなの
〈アトリエ・エー〉

「そろそろ発表するよ〜」という赤荻さんの声で、子どもたちはそわそわし始める。気が早い子は、部屋の前に絵を持って待ち構えている。発表の時間だ。

発表では、子どもたちがそれぞれ今日の時間で仕上げた絵や工作を持って前に出て、何を描いた(作った)のかを述べる。先ほど、表現欲が旺盛だと書いたが、その欲求が炸裂する場が、この発表の場なのだ。一人ひとり発表した後には、みんなで拍手をする。緊張気味の子もいるが、発表をして、拍手をもらっている時には、顔がくっしゃくしゃになるほどの笑顔に変わる。最高の時間だ。中には、歌を歌いだす子、好きな子に告白をし始める子、踊りだす子もいて、歌や踊りなんかは、もう定番の出し物になってしまったくらいだ。そして、大爆笑のうちにアトリエの時間が終了する。

「ダウン症児のサッカー教室のコーチを始めて、その時のチームメイトだった京太郎が家に泊まりに来たのがきっかけで、こんなに楽しい子たちと他にも何かやりたいと思って洋子と二人で始めたのが〈アトリエ・エー〉です。最初は、自分の周囲に彼らのことをもっともっと知ってもらいたいとか、いろいろなことを考えてきましたが、子どもたちもスタッフも両者が楽しくてストレスがない、現在のゆるいスタイルに落ち着きました。ここだけは、月に一回いつも同じ場所でやっていて、いつ来ても、何歳になっても、どんな障害があっても、なくても、誰でも来て、同じ時間を過ごして、同じように発表する、そういう場所であり続けたい。ふと思い出した時に、まだ同じようなことをやってるんだね、って言われるような場所でありたいと思っています」と赤荻さんは語る。

〈アトリエ・エー〉の扉を開けることによって、自分が今まで思っていた障害やボランティアに対する苦手意識は、あっという間に消え去った。いろんな人がいる、そんな当たり前のことに気づいたのだ。できないことがあれば手を差し伸べるが、過剰に気を遣うことはない。同じ空間と時間を共有する友人としての関係性を結んでいけばいい。そう思うようになったら、とても気楽になった。何よりも、彼らの絵や工作は見ていて面白いし、一緒に過ごす時間はとにかく楽しい。一回行くと、また行きたくなる。彼らの笑顔を見たいなあと思う、そんなアトリエなのだ。 


Information
atelier A(アトリエ・エー)
毎月第一日曜に開催
お問い合わせや参加希望はメールにて
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