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(カテゴリー)アーティスト

有里

クレジット

[写真]  相馬ミナ

[文]  久保田 真理

読了まで約4分

(更新日)2021年02月09日

(この記事について)

有里(ゆり)さんは、時々じっと考え込んでしまう。言葉が降りてくるのを待っているのだ。愛にあふれる言葉をたくさん文字にし、それを立体にした作品は唯一無二。鳥取市〈アートスペースからふる〉(以下からふる)のアーティストらしい振る舞いを意識しながらも、お茶目な性格が見え隠れする。

本文

アイドルグループ「嵐」のTシャツを着てパーカーを羽織り、ジーンズは腰履き。同グループリーダーの大野智さんをリスペクトしているという有里さんは、〈からふる〉のアーティストとしての意識を強く持とうとしながら、お茶目な一面をのぞかせる。

自身の作品と共に笑顔の有里さんの様子

取材時、口をマスクで覆っていた有里さんだったが、鼻が出ていた。
「鼻にもマスクしないの?」と取材スタッフが尋ねると、有里さんはマスクをずらして顔全体を覆い隠し、周囲の笑いを誘った。有里さん流の照れ隠しだと〈からふる〉理事長の妹尾恵依子さんが教えてくれた。

頭の後ろの一番目立つところに書かれているのは、「大野智がカッコイイな〜」。有里さんが心からリスペクトするアイドルだ。

有里さんの作品は、独創的だ。降りてきた言葉を紙に書き、その紙を人の形をした模型に貼り付けている。実はこの模型は、有里さんをかたどって造られたもの。等身大の有里さんが自身の言葉をまとっている、そんな作品なのだ。

言葉が埋もれないように立体に貼った

肩に貼られた「ほんわかなかんじだよ」。有里さんの心の声がそのまま表現されている。

高校3年生だった頃、有里さんはアート教室時代の〈からふる〉に通い始めた。当初は絵を描いていたが、すんなりとはいかなかったと妹尾さんは振り返る。「ここに来たら、絵の具でちゃんと描かなきゃと彼女自身強く思っていたようで。こちらが気づくのが遅くて、ある日手足を棒のように表現した記号のような人間を描き始めました。そこで『無理に絵の具で絵を描かなくていいよ。自由に表現して、絵でなくてもいいんだよ』と伝えました」。

有里さんの作品写真

きちんと描かないといけないという気持ちから素直なものが出てこなくなってしまった有里さんに、普段使っているペンやボールペンに替えることを妹尾さんは勧めた。「字を書くのが上手だね」と他のスタッフに褒められると、〈からふる〉のアーティストはるかさんが付箋紙に文字を書いた作品を制作しているのを見て、「それならできる」と有里さんも文字を書き始めたのだった。

カラフルな文字で言葉が書かれた包装紙の作品。仕上げるまでに数か月かかった。

書いた文字を平面に貼っていくと、どうしても左上から読み始めて途中で断念し、言葉が埋もれてしまう……。

それなら立体に貼ろうと〈からふる〉のスタッフが提案するも、何に貼るかが問題になった。
「教室時代、ビーズなどでデコレートした服を発表する時、トルソーを買うお金がなくて、有里ちゃんを型にして造ったことがありました。『それに貼ればいいんじゃない』ということになって」と妹尾さん。

作品の4号機と一緒に作業スペースで撮影に応じる有里さんは、投げキッスをしてくれた。

作品の4号機と一緒に作業スペースで撮影に応じる有里さんは、投げキッスをしてくれた。

有里さんの体に透明なビニールテープをグルグルと巻きつけて型にし、顔はマネキンで型をとって等身大の有里さん模型が完成。

201410月ごろにできた1号機『DJボーイシュン』には有里さんの好きなものを撮った写真を貼り(残念ながら現存せず)、2号機『思いをあふれる者』からは貼るために文字を書くようになっていった。段々と形になると有里さんも作品を理解し、周囲からの評判に自信を深めていったという。

有里さんの作品。左から3号機 「スケルトン・キット・ハット」、2号機「思いをあふれる者」、4号機「もう一人の自分」。4号機から書を貼るスタイルに変わった。

自分のペースで愛の言葉を紡ぎ出す

付箋に書いた文字を貼るスタイルから、4号機『もう一人の自分』の制作を前に墨で書くスタイルに変わった。

他の人が書道をしているのを見て、有里さんは「私にもできるんだけどなあ」と言い出し、椅子に正座して墨で文字を書き始めたという。

5号機の有里さんの左腕に書を貼り付けた作品。

そして、5号機『マイ☆ハートハンド』になると、有里さんの左腕だけという斬新な作品に。「本当は等身大の作品を創りたかったけれど、作品の保管や展示先のスペースのことを考えると……。有里ちゃんにどうしたいか尋ねると『いいねえ』という返事だったので」と妹尾さんは笑いながら教えてくれた。

有里さんの頭の中に降りてきた言葉をひたすら書き留めている。

「ずっとかきつづけて行きたいですげんじつになるから」

「カラフルからは大切な居ばしょうだからはなれたくないんだ」

「えいえんの有里スターのたんじょう」

「大野智がカッコイイな〜」

有里さんは包装紙に文字を書く時、下からゆっくりと言葉を積み上げていく。

有里さんから発せられる言葉には、愛が詰まっている。それぞれの言葉は、有里さんの肩や頭ややらに貼られることでより輝きを増し、見た者の脳裏に焼き付いてくる。

包装紙の作品を持つ有里さん。最初はクールな表情で撮影するも……。

すぐに満面に。

有里さんの文字が他に生かせればと、包装紙の制作にも挑戦中だ。降りてきた言葉を下から順にびっしりと書き上げるのに数か月かかるという。「言葉が降りてくるのに時間がかかることもあるし、同級生の福井くんの制作が終わって落ち着いて取り掛かれるタイミングを待っていることもあります。自分なりにうまく調整しながらやっているようです」と妹尾さんは有里さんを優しく見守る。

80色のペンを使うことに対して「“からふる”だけにねー」と笑い、音楽教室でギターを習おうとしていると聞いて「有里さんはシンガーソングライターだもんね」と言うと「分かってますねー」と返してくる。そんな明るい有里さんは自分らしく、言葉をこれからも紡いでいく。


関連人物

有里

(英語表記)YURI

(有里さんのプロフィール)
1989年生まれ。タイトルやメッセージを考えるのが好きで、色とりどりの紙に書いて表現する。〈からふる〉のことが大好きで、愛にあふれる言葉をたくさんしたため、自身の等身大の人形や腕に貼り付ける作品を発表している。
(有里さんの関連サイト)