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(カテゴリー)コラム

ささやかで大切な闘争の備忘録
イタリア・ミラノから 01

読了まで約3分

(更新日)2023年11月30日

(この記事について)

ろう者の両親のもとで手話を第一言語として育ち、視覚身体言語の研究やさまざまな身体性をもつ人たちとの協働によるメディア制作を実践する、インタープリター/リサーチャーの和田夏実さん。2023年9月、彼女はイタリア・ミラノ工科大学に所属し、EUのリサーチプログラムの研究員として働くこととなった。欧州各地のケア施設を巡りながら過ごす、和田さんの日々の小さな感触と風景の覚え書きが届いた。

本文

ささやかな闘争、自ら世界を形づくること。2023年8月半ば、私はイタリアに移住した。言語もわからない街で、身体の隅々まで日本での生活や文化、友人との会話、口癖が染み込んだ「私」のぐらぐらとした日常がはじまった。

大学の恩師は、fashionは動詞として「形づくる」という意味があり、自らを自分らしく形づくること、だと言っていた。1980年頃、私の母は20歳を過ぎて、手話という自分の言語を獲得した。当時知り合ったイタリアのろう者から「あなたがあなたであることを誇るために、生活を愛しなさい」と言われた母は自分の家をつくった。1階から3階まで吹き抜けで、どこからでも目が合い手話で話すことができ、電気の点滅で人を呼べる。手話をしながら寄りかかって話しやすいよう、引き出しの取手は突起のないものになっている。小さい頃はわからなかったが、自らの言語と身体感覚をもとに、その隅々まで手を加えられた家には、身体のすべてで自分たちを肯定していくような、そんな強さがあったんじゃないかと思う。

「私」と「異国」の間で起こるズレに対して、ペットボトルを振って生クリームをつくるようなブリコラージュ、読み替えや代用、そして、話しやすさのために引き出しの取手を変えるような、自ら世界を形づくるためのささやかで大切な闘争の断片を綴ってみたい。

2023年8月27日
自宅

【写真】シチリアの伝統料理「カッサータ」がガラスの器に盛り付けられ、その奥手にフォークが添えられている。

イタリアに着いて5日目でつくったシチリアの伝統料理「カッサータ」。リコッタチーズと生クリームを混ぜ、ナッツやアーモンド、フルーツやジャムを入れて固めるだけの簡単スイーツ。「泡立て器」がなく、けれど、それがどこで手に入るのか、まだ食料品店すら知らない街で探すのはなかなかに難しい。調べてみると、冷やした生クリームをペットボトルに入れて振ると、固まるそうだ。この街で、手に入りやすいものでの代用でアイスをつくる。

10月7日
ローマでオリンピック

【写真】木々を背景に芝生の広がる公園で、青いゼッケンと黄色いゼッケンを付けたろうやコーダの子どものチームが、綱引きをはじめようとロープのそばにそれぞれ並んでいる。ロープの中央付近を赤い古代ローマの衣服を着た大人が通り過ぎる。周囲では大人が子どもたちを見守っている。

ろうやコーダ*の子どもたちが集まるイベントへ。古代ローマの文字盤を眺めオリンピックの起源となったゲームを体験する。運営しているのは公園の歴史(約2000年前の壁)を守り、継承するNPO団体。古代ローマの格好で、スマホを触る姿のちぐはぐさがかわいい。ろう者コミュニティの仲の良さや、小さな子どもたちが一緒に走り回る姿、街並みが違っても、変わらない景色もある。

*コーダ:Children of Deaf Adultsの略。耳が聞こえない・聞こえにくい親をもつ、耳が聞こえる子どものこと

10月8日
ローマの骨董市

【写真】花瓶や時計、ランプシェード、動物の置物やぬいぐるみ、ホットプレートに皿、鍋、トースターなどが白い棚に並んで収まり売られている様子。

いろいろな触覚の種類を探るために、100均を探していると、「それは市場だね」と言われた。本は3つで1ユーロ、物も3つで3ユーロ程度。誰かの家にあった匂い、傷やほこりがついた物に触れると、手に歴史が残ったような感触になる。当時のもののつくり方が、物に宿っている。でもそのどれもが、私の懐かしいそれとは違って、触れているのに遠い、とも思う。ちなみにVRゴーグルも混ざっていて、懐かしさと未来っぽさが同居するバランス感覚も面白い。

10月21日
電動スクーター

【写真】イタリアで普及している、路上で乗り降りが可能なレンタル電動スクーターが広場に停車している様子。車体は黒いハンドルと黄緑色のバー、モーターと足を乗せるステップが付いた形状で、コンクリートタイルが張り巡らされた広場の地面には、スクーターを後方から撮影する和田さんの影が映る。

ミラノにはバスもメトロもトラムもあって、どこにでも行きやすいけど、ローマは車での移動が多く、とくに子どもが自由に移動することは難しい。そんなときに役立つのが、電動スクーター。街の至るところに置いてあって、すぐに乗ってハンドルを握るだけで、どこにでもいける。自転車道があるときは自転車道、ない場合は車道を走るが、歩道を抜けていく人もいる。ローマは一方通行の道も多く、「歩行者」なら逆進行もありだけど、「車」と見なされる場合はだめだよな、と一応避ける。新しいものが生まれたときの規約のつくり方、移動と生活の変化。規制が強化されつつあるが、多くの街の人の皮膚に、すでに移動の喜びや風の爽快感の感触が残っているんだよな、と思う。

10月28日
オランダ・アイントホーヘンの小さな世界

【写真】ペンチやはさみなどの工具、作業台の置かれた広いデスク。手前には植物の模型やフィルムケース、電球、印刷機のインクカートリッジ、機械やコードなどが整然と並んでいる。

ダッチデザインウィークの展示を見に、Sectie-Cと呼ばれるスタジオに行く。奥の部屋で、ジオラマや極小のものたちをつくるおじいさんに出会う。壁に並んだ空想世界地図やおじいさんの頭のなかの街、電球のなかにつくられた森とツリーハウス、建築模型。木のつくり方や今つくっているもの、手を入れた部分の話を聞く。大きなスタジオの2階の奥、誰も来ないような場所でおじいさんは、もくもくと彼の世界を日々生み出している。


関連人物

和田夏実(インタープリター/リサーチャー)

(英語表記)WADA Natsumi

(和田夏実(インタープリター/リサーチャー)さんのプロフィール)
ろう者の両親のもとで手話を第一言語として育ち、大学進学時にあらためて手で表現することの可能性に惹かれる。視覚身体言語の研究、さまざまな身体性の方々との協働から感覚がもつメディアの可能性について模索する。近年は、LOUD AIRと共同で感覚を探るカードゲーム”Qua|ia”や、たばたはやと+magnetとして触手話をもとにしたつながるコミュニケーションゲーム”LINKAGE”、”たっちまっち”、認知と脳に関する研究、ことばと感覚の翻訳方法を探るゲームやプロジェクトを展開。現在、ミラノ工科大学に研究員として在籍。2016年手話通訳士資格取得。《an image of…》《visual creole》 "traNslatioNs - Understanding Misunderstanding", 21_21 DESIGN SIGHT, 2020