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(カテゴリー)REPORTS

(タイトル)アトリエコーナス(大阪府)

(この記事について)

自分の子どもが障害者だったことから、「わが子に居場所を」と始めた活動。設立した共同作業所をアート活動の場へと転換して生まれたメンバーたちの大きな変化。36年間の手探りの中で掴んできたものとは。

(更新日)2017年11月1日

CREDIT

[写真]  阿部健

[文]  井出幸亮

ノーマライゼーション実現のために、自分でやろう。

「コーナスクッキー常時販売しております」
そんな看板の言葉に惹かれて、通りがかりの人がふらりと入ってくるという。
「ウチは前面がガラス張りで外から施設の中がよく見えるから、入りやすいんでしょうね。入って来られた方にメンバーがお茶を出したりすると、『ここは知的障害者の方の施設だったんですか』と初めて知る方もいらっしゃいます。そんな機会を作って、少しずつ地元の方々と顔なじみになれたらと思っているので、ここには門もなければ、鍵もかけていません。日常的な交流を通じて、彼らの存在を身近に感じてもらいたいから」

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中庭をつなぐ大きな開口部から明るい日差しが差し込む、快適な空間。

主宰の白岩高子さんがそう語るとおり、大阪・阿倍野、古い下町の空気を残す路地が広がるエリアの一角にある〈アトリエコーナス〉は、築80年の町家をリノベーションして利用した瀟洒な建築。一見、カフェと見紛うような明るく柔らかいその雰囲気に、気軽に入りたくなる気持ちもよくわかる。

知的障害者が自由にアート活動に取り組み、また地域の人々とつながることができる「場」を——そんな思いから、白岩さんが仲間とともにこのアトリエを作ったのは2005年、しかしコーナス設立は1993年にまでる。立ち上げるきっかけとなったのは、白岩さん自身が難知性てんかんのある重度の知的障害者の娘を持つ母親だったことにあった。

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アトリエ内で制作しているクッキーのラベルにはメンバーの作品を使用している。

「1981年に国際障害者年の大会で、『ノーマライゼーション』という言葉を知り、『どんな重い障害があっても地域の中で生きていく』という理念に驚かされました。当時の日本では障害者は健常者と隔離して生活させられていて、そんなことは到底、不可能だと思っていましたから。しかし、たとえ30年、40年後であっても、こうした意識が社会に定着すれば、娘が生きやすくなるかもしれない。それなら、受け身でいるのでなく自分で積極的にやろうと。重い障害を持った子を持つ親たちと一緒に、『将来、子どもたちが通える場所を』と、放課後や夏休みに通える場所を作る活動を続けました。当時はまだそうした動きをサポートする制度もなく、一時は頓挫しかけましたが、奮起し、数人の仲間と新たに共同作業所として〈コーナス〉を設立しました」


思い切ってアート活動へ転換したら、笑顔が増えた。

当時、コーナスで取り組んでいたのは、低賃金の単純作業による内職仕事。狭く暗い部屋で、納期に追われながらの毎日だったという。

「子供たちの将来の収入源を確立させていきたいという一心で作業所を続けていこうと思っていたのですが、2005年に障害者自立支援法が制定され、共同作業所への補助金が打ち切られることになりました。このままではコーナスが潰れてしまう、続けていくために何か新しいやり方を探らなければと考えていた時に、他施設の障害者の絵画作品と出会い、強い衝撃を受けました。内職は作業に向いていない人にはストレスが溜まるようでもあったし、アートなら彼らが一人ひとり自由に自己表現できて、個性や感性が発揮できるかもしれないと思って、アート活動を始める決心をしました」

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独特の色使いで女性たちを描く植野康幸さんの作品は、2016年に招待された英国のギャラリーでも展示された。

メンバーの親の中には、「絵なんか描いたこともない。できるはずがない」と不安視し反対する声もあった。しかし、「根拠はないけれど、なぜか彼らにもきっとできるんじゃないかと思った。思い切って始めてみると、一年も経たない間にメンバーたちがどんどん描き始めました」

アート活動への転換を機に、施設も現在の町家に移した。白岩さんが理想としたのは、工場のような無機質で閉鎖的な空間でなく、木や土など自然の素材を生かした、温もりと落ち着きのある開放的な空間。

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白岩さんはメンバーが描いた作品はどんな小さなものも収蔵庫に保管している。

「日本の家屋は建具によって仕切られるので、ふすまや障子を開いたり閉じたりして、広さや用途を変えられるんですね。自閉症の人は広すぎる空間が不安になることもあるので、時には狭い部屋で過ごしたり。また完全に密閉されないので、いつも人の気配が感じられる。安心して自分の活動ができるような場所にしたかったんです」

かつて押し入れだった部分は、一人で創作に集中できる作業スペースに生まれ変わり、床の間にはメンバーの作品が飾られた。後に裏手にあった三軒長屋も入手し、現在は緑あふれる中庭でつなげる形で2つの棟を利用している。

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仕切りのある個人用ワークスペースは周囲を気にせず制作に集中できる。

自分の好きな場所で、好きな道具と素材を使ってのびのびと創作を行うアート活動を始めて以来、メンバーやスタッフに笑顔が増えた。長時間座っているのが困難だったメンバーも、じっと座って制作に没頭するようになったことに、白岩さん自身も驚いたという。活動を始めて3年目には、メンバーのほぼ全員が公募展で入賞するまでになった。2014年にはメンバー3人の作品がフランスのabcd(art brut connaissance & diffusion)に認められコレクション入りを果たし、パリのギャラリーで展覧会を開催。2016年にはロンドンでも展覧会が開かれ、メンバーの西岡弘治さん、植野康幸さんは1時間半のライブペインティングも行った。

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楽譜をモチーフにした作品を描く西岡弘治さん。アトリエでは最年長で「巨匠」のニックネームも。


作品を褒めるのでなく、作る行為を承認する。

現在、アトリエに通うメンバーは13人。朝9時に登所すると、フィットネスなどの活動の後、午前中の時間を使ってそれぞれ創作に取り組む。西岡さんは自分の好きな音楽の楽譜をオリジナルなスタイルで細密に模写する。植野康幸さんは女性の衣服に強い興味を持ち、ファッション誌や少女漫画誌を参照して独自のカラフルな絵を描く。吉川真美さんはカラーマーカー一本一本の匂いを確かめながら、誰よりも時間をかけて色を塗り重ね、独特の抽象画に仕上げる。施設内のどこでやってもいいし、やらなくてもいい。始まりも終わりも、基本的には本人が決める。「その“自由”を取り戻すために有効なのがアートだと思う」と白岩さんは言う。
「だから、作品が上手にできたと褒めるのでなく、ただ描いている、作っている行為を承認することが大事です。彼らはこれまでの人生で、自分のやりたいことを制限され、否定されてきた経験が多いんですね。自分の自由な行動を承認されることが嬉しい、だから描き続けられるんだと思います」

今やアート活動は彼らの生活に欠かせないものになっているが、それがコーナスで行われる活動全体に占める割合は30%ほど。午後にはユニフォーム姿で手作りクッキーの製造のほか、地域清掃などの美化作業をしたり、公園や図書館に出かけたり。「自分の世界に没頭するだけでなく、社会とつながっていくことも大切」とコーナスは考える。ここには地域に根ざした生活があり、アートはその延長にある。特別な人が行う特別な行為でなく、誰もが取り組める普遍的で身近な行いとして。

「メンバーたちを見ていると、人間は誰でも、根源的に自由に表現することを求めているんだと痛感させられます。だけど、私たちは日々の中で、いつの間にかそうした能力を失くしてしまっているのかもしれない。むしろ厳しい環境にある障害者たちが、そうした人間本来の力を見せてくれるように思います。それなのに、『できるはずがない』と彼らの自由を奪ってきたのは、私たち家族や社会の側なんじゃないかと、コーナスの活動を通じて学びました。誰にでも可能性はあると多くの方々に知ってもらいたいと思っています」


○Information
アトリエコーナス
大阪府大阪市阿倍野区共立通2-3-22
tel.06-6659-9312
http://corners-net.com


KEYWORDS(記事中の言葉)

01:ノーマライゼーション

障害者を社会から保護・隔離する従来の福祉のあり方ではなく、障害者と健常者という区別なく同じように社会生活が送れることを理念とする運動や施策。1960年代に北欧で生まれ、広まっていった。