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(カテゴリー)REPORTS

(タイトル)ペングアート(北海道)

(この記事について)

〈ペングアート〉は、いろんな自由のあり方を提案する。アート、福祉、心理の3分野に渡る専門スタッフがそろう、北海道の放課後等デイサービス

(更新日)2018年6月4日

CREDIT

[写真]  高橋マナミ

[文]  佐藤恵美

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「まあ、できるかも」と思えることが大事

放課後、ぽつりぽつりとやってくる子どもたち。玄関でスリッパに履き替え出席簿に丸をつけると、今日取り組むことを確認する。「かだい」「きゅうけい」「てをあらう」「おやつ」「かだい」「てをあらう」……。イラストとともに今日やることが書かれたカードを確認しながら、一つひとつ順にこなしていく。自分の席につき、早速今日の課題を始める子、好きな絵から描き始める子、と今日のプログラムは一人ひとり違う。

15年前に個人のアートセラピー教室から始まった〈児童デイサービス ペングアート〉(以下、ペングアート)は、現在は放課後デイサービス01として札幌市内に2つのスペースを持つ。通うのはおもに小学生から高校生まで、60名ほどの障害のある子どもたちだ。

「ペンと絵の具で『ペング』。子どもが人生というキャンパスを描いていく場所、という意味も込めています」と話すのは代表の卜部奈穂子さん。創作活動を取り入れる放課後等デイサービスは全国でも珍しくはないが、〈ペングアート〉のオリジナルの取り組みとして興味深いのは、「アートガイド(制作手順書)」だ。絵の描きかた、工作のつくりかたなどを、細かい段階に手順にわけてわかりやすく示している。このアートガイドに沿って手順を踏めば作品を完成させることができる。

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この日の課題は「吊るし雛」。トイレットペーパーの芯に目を描き、装飾をしていく。

「『すごくできる!』ではなくても『まあ、できるかもしれない』と思えることが大事」と卜部さん。実は〈ペングアート〉に来ている子どもの半分くらいは図工が好きではなく苦手だから、という理由で来ている。「まずは苦手意識を克服し、自己肯定感を育むことを目標にしています。表現することで褒めてもらえる。一つの作品を完成して認めてもらう。その経験によって、生きていくうえで苦しいことがあっても乗り越えていけるのではないでしょうか」

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吊るし雛のつくり方が手順を追って説明されている、「アートガイド」。心理療法士と社会福祉士、アート専門のスタッフが共同で開発している。


アートの可能性から始まった

〈ペングアート〉を立ち上げる前は、社会福祉士として障害者支援施設で働いていた。そこで出会ったある作品が卜部さんの心を揺さぶったという。それは利用者の描いた絵だった。「作品で何かを伝えようとしている、と強く感じました。絵でコミュニケーションがとれるんだ、と確信したのです」。その経験を機に大学に編入学。美術を学んだ後、2003年に古い一戸建ての家を借りて〈ペングアート〉をスタートした。

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星人アートサークルの作品。彼ら・彼女らの多くは子どもの頃から〈ペングアート〉に通い、卒業してからも働きながら通っている。

当時使っていた「アートセラピー」という言葉は「芸術療法」とも呼ばれ、絵画や園芸、ダンスなどを介して行う心理療法の一種だ。「『これがいい』『これがいやだ』と言葉で表現できない人もいます。言葉の代わりに色や形で表現し、それを客観的に見て振り返るのがアートセラピーです。立ち上げ当初はセラピーの一環として絵を描く教室でしたが、いまはあえてセラピーといわなくてもいいかな、と思っています。表現しそれを誰かに見てもらう、という一連のことは本来のアートの形そのものですので」と卜部さんは話す。

法人化する以前は資金繰りが厳しかった。心理士の資格を生かした発達相談の仕事や専門学校の講師など、いくつもの仕事を掛け持ちし、なんとか続けていた。それでも家賃の支払いが苦しく移転も余儀なくされたが、新しい表現に立ち会える喜びが原動力になっていた、という。

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イラスト付きのカードを見て、今日の流れを確認。


学校という社会のなかで感じる生きづらさ

その後、2011年に法人化した〈ペングアート〉は、いまでは2つのスペースを持ち、スタッフは約20名に増えた。心理、福祉、アートの3つの部門に分かれているが、これは障害児通所支援02事業を行う場所としては非常に珍しい。3分野の専門スタッフたちが一つのチームとなり、子ども一人ひとりに対し「いま何が必要なのか」を考えていく。障害児のデイサービスに臨床心理士がいること自体が稀だが、その専門的な知見から「発達検査03」を行い、検査結果に応じて個別のプログラムをつくっている。

卜部さんによると、発達障害のある子どものなかには、脳内に情報が多すぎて整理しきれないことがあるという。初めからたくさんの情報を与えるのではなく、少しずつ、一つひとつ情報を取り入れることでいつのまにか作品が完成する。それがアートガイドなのだ。

「順番はこちらのほうが気持ちいいとか、この音や匂いは苦手、といった特性は誰でも持っているものです。そのこだわりがとても強かったりすると社会で生きづらくなってしまう。それが『障害』となってしまうんですよね。私は『障害』とは社会がつくるものだと思っています」

黒板に書かれた文字や数字、教科書、先生の話、周りの生徒の声。学校には多くの情報があふれている。その学校という社会のなかで、楽しく生活できる子もいれば、そうではない子もいる。

「学校でいじめられるが本人はなぜかわからない。『学校は出口が見えないトンネルのような場所』と言う子もいます。周囲との関係がうまくいかず、二次障害的に精神疾患を生んでしまう場合もあります。そんな子どもを少しでも減らしたい。アートがその助けにならないだろうか、と考えています」

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時間が来たら帰る身支度を。「アートには、作業の準備をする、手が汚れたら洗う、道具を片付ける、など生活の所作も身につけられる部分もあります」と卜部さん。


いろんな自由がある

〈ペングアート〉では「訪問支援事業」も行っている。訪問支援員として学校を訪問して授業を見学し、どうしたらよりよい学校環境になるかを見極める。この訪問支援事業でタイマーを取り入れ、変化したクラスもあった。

「この問題に取り組むのは何時何分までね、といっても聞いていないし時計も見なかった子たちがいました。でもタイマーがピピっと鳴ったら終わり、といわれたらきちんと手を止めることができるようになったのです」

タイマーが必要な子どもは少数かもしれないが、誰にとっても便利なもの。それだけでみんながハッピーになれる。卜部さんは「いろんな人がいることが当たり前、という世の中になってほしい」と続ける。

「たとえば最近の小学校には壁のない教室もありますが、聴覚過敏の子どもにとってはオープンな環境は苦手。同じ教室で授業を受けるときも、ほかの生徒より休憩時間が必要でしょう。学校教育では『みんな同じように』という平等性も大事ですが、生徒側は必ずしもそうはいきません。いろいろな子どもがいる。教員も子どももそうした違いを受け入れることが学びにつながると思うのです。多様性のあり方とはそういうことではないでしょうか」

〈ペングアート〉のパンフレットには、「いろんな『自由』があっていい」と書いてはいるが、「実は、自由が一番難しいんですよね」と卜部さん。

「『自由に絵を描いてみましょう』『好きなものをのびのびとつくってみましょう』といわれても何も描けないしつくれない。それで絵や工作が嫌いになってしまう子どもがいます。〈ペングアート〉はアーティストを育てる場ではありません。アートに触れることで、少しでも人生に変化が得られたらうれしい。そう思って活動を続けています」

〈ペングアート〉では、手順書を見て描く自由、選んで描く自由、好きに描く自由、とさまざまな自由を提案している。アートを通じて「いろいろな自由」を獲得すること。それはこの社会でよりよく生きるため、日々を豊かにするための糧になる。


○Information

ペングアート
北海道札幌市豊平区美園2条5-4-6
tel. 011-841-3779
http://www.peng.co.jp/


KEYWORDS(記事中の言葉)

01:放課後等デイサービス

障害のある就学児童が学校の授業終了後等に通うことのできる施設。2012年の児童福祉法改正により設置。法改正前は「児童デイサービス」と呼ばれていた。

02:障害児通所支援

障害のある児童が自宅から施設に通って受けるサービス。児童福祉法によると、放課後等デイサービスのほか、児童発達支援、医療型児童発達支援、保育所等訪問支援がある。

03:発達検査

子ども(おもに乳幼児や小学生)の心身の発達の具合を調べる検査。