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(カテゴリー)ARTISTS

(タイトル)阿部鉄平

(この記事について)

自宅の庭にあるプレハブの扉を開ける。「ああ、ここに入るのは久しぶりですねえ」とつぶやきながら、キャンバスの前にゆっくり座った。宮城県仙台市在住のアーティスト、阿部鉄平さんが絵を描くことを休んでから約2年が経つ。

(更新日)2018年11月19日

CREDIT

[写真]  志鎌康平

[文]  菅原良美

描くことでひらかれた感性

玄関を入るとそこは、ギャラリーになっていた。壁いっぱいに飾られた躍動する絵たち。色彩がうごめき、空間に飛び出している。そんな迫力ある絵の合間から静かに現れた阿部鉄平さん。お母さんの慶子さんと一緒に迎えてくれた。

阿部鉄平(以下、鉄平):小学校3年生から絵を始めました。もともと興味はなかったのですが、絵画教室に体験で行ったとき、先生が褒めてくれたんです。親以外で初めてのことで。僕は成績も良くなく運動も得意じゃなかったので、褒められたことがすごく嬉しくて。あれがなかったら、きっと絵画は続けていませんでした。

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鉄平さんの絵と一緒に飾られていた、子どもたちの記念写真。成長を見守る両親のあたたかな視線に溢れていた。

お母さん:それまでも習い事をいくつかやっていたのですが、なかなか続かなくて。何かひとつ続くものを、と思っていたら、知り合いに「近所に絵を教えてくれる先生がいるよ」と教わって、すぐに連絡しました。鉄平に「一度でいいから行ってみて」って何度もお願いして、体験教室に行ってもらったんです。

鉄平が瓶の絵を描いている横で先生が、「鉄平くんいいね、その瓶に風を吹かせてごらん。鉄平くんだったらどんな風を吹かせるのかな?」って語りかけるんですね。すごく自然に気持ちを盛り上げてくれて、本人ものびのび描いていて、すごく驚いたのを覚えています。

鉄平:教室では、いつも一番最後まで残って描いてました。

お母さん:学校帰りに寄って、夜の7時くらいに帰ってきてたね。先生は「鉄平くんは自分が納得するところまで描かないと帰れないから」と言ってよく理解してくれていました。先生の導き方によって、鉄平の感性がひらかれていったんだと思います。

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パステルで描いていた頃の作品。ここから油彩になり厚みと迫力を増していった。

恩師と出会い、絵を描くことに夢中になった鉄平さんは、その後高校を卒業するまで教室に通い続けた。時間の経過、心の変化、技術の進化とともにパステルから油彩へと作風もより独自性を帯びていく。

お母さん:はじめた頃は、瓶の絵ばかり描いていたのですが、中学生頃から、瓶の中に模様を描き始めて、その模様として描く線や色が瓶からどんどん吹き出していって、今の作風に変化していきました。

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絵を始めた頃に書いていたボトルの絵。さまざまな形やラベルを見つけては、モチーフにしていた。

鉄平:ある時、宮城県の大きなコンクールを観に行ったのですが、なんだか面白くなくて…どれもきれいなんだけど、全部単調というか同じように見えて。そのとき、自分で考えて、誰も見たことのないような絵が描きたいと思ったんです。僕なりの絵を描きたい、って。だから、頭で考えるのではなく、直感で絵を描いています。

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取材協力:障害者芸術活動支援センター@宮城(SOUP)/NPO法人エイブル・アート・ジャパン
写真:三浦晴子


働くこと、絵を描き続けること

卒業後は県内の企業に障害者雇用で就職した鉄平さん。働き始めて今年で9年目になる。最初は続けていた絵も、夜勤をふくむ勤務体制など仕事に追われる日々の中で、制作からだんだんと遠ざかっていってしまった。

鉄平:仕事を始めた頃は描いていたのですが、ここ2年くらい描けなくなってしまって。朝起きてすぐが頭が一番冴えているので、1012時に描くことが多かったんです。朝起きて、ごはんを食べて絵を描いて…という生活のサイクルが毎日続けばいいんですけどね。夜勤だと夜中の23時に帰ってきて、すぐに眠れるわけではないし、その翌週には日勤になるので生活のリズムを保つのが難しくて。

お母さん:絵を描き続けられる環境にできたらと思うのですが、現実は仕事があるので。鉄平は自閉症ですが、「まったくそう見えないね」と言われることもよくあります。見た目には分からなくても、鉄平だけにしか分からない働く難しさがあると思うので。

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庭にあるアトリエ。思うがまま油絵の具を使い、画材を広げ、制作に没頭できる。

この日の取材は平日。事前に特別な休日を取って私たち取材チームを迎えてくれた経緯を改めて思う。鉄平さんは、話しを聞かせてくれただけでなく、約5年前に自分で貯金をして作ったというアトリエに招いてくれた。しばらく使っていなかったインクを手に取って、ぎゅっと強く絞り絵を描きはじめる。キャンバスにこんもりとインクをのせ、ペインティングナイフで勢いよくカーブを描く。ボンドのようなものを垂らしたり、スプレーを吹きかけたりと、鉄平さんならではの描きがはじまった。

鉄平:実験と検証が好きなので、通常絵画では使わないような素材を使って試しています。紙粘土や、食品サンプル専用のシリコンのペン、セメダインとか。こうして垂れてくるセメダインがつららみたいに見えるんです。てかりがあって、油絵にのせると反射して透明感が出るんです。これを気に入って、部分的に使うようになりました。

普段使う絵の具は冷凍庫に入れて凍らせているのですが、そうすると粘度が高まるんです。絵の具を重ねるのが好きなので色味より弾力で選んでいて。誰に何を習ったというのではなく、先生にアドバイスをもらいながら自由に描いてきただけですね。

お母さん:描いていない時間があっても手は動くみたいで。頭の中がキャンバスになっているから、描いてないから描けないというわけではないんですよね。


自分なりの絵を描くために時間を育む

今は一時、制作を休まざるを得ない鉄平さんだけど、絵を描くエネルギーは脈々と流れている。好きな自然にふれるために緑が生い茂る公園に行ったり、好きな音楽を聞いたり。描けない時間も感性は育んでいく。また描き始める日に向けて。

お母さん:これまで、鉄平が絵を描いてきてくれたおかげで、私たちも色々な場所へ連れていってもらいました。一昨年、墨田区の公募展で賞をいただいたのですが、その授賞式にも家族で行って。みんなでスカイツリーに登ったね。ものすごく並んだけど(笑)

鉄平:土日だったからすごく混んでて。でも、僕はスカイツリーよりも、エレベーターの進化に感動しました。すごい速度で昇っていくので。

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額装されている絵のほかにも、これまでの作品はすべて慶子さんによって大切に保管されている。

お母さん:(笑)。今日のような機会も、すごくありがたく思っています。本来、絵は家に飾っておくだけのものじゃないので。見てくれた人に力を与えることができるので。描く方も、みなさんに観ていただいて、良くも悪くもいろいろな評価があって頑張れるのだと思う。それを彼は望んでいるのかなって。

夢中になって絵を描き続ける鉄平さん。その姿を見守るように、画架に貼られた紙に目がいった。鉄平さん自身の文字で「部分的に集中的に書くこと」と書いてある。

鉄平:僕はいつもすぐに忘れてしまうので。これが、自分が納得できる絵を描く大事な手順なんです。抽象画だとしてもよりインパクトを伝えるものにしたい。周りを楽しませたいし、こんな絵画があるんだってみんながびっくりするような、新しさを感じてもらいたいんです。


PROFILE関連人物

阿部鉄平さんの顔写真

阿部鉄平

(英語表記)Tepppei Abe

(阿部鉄平さんのプロフィール)

1991年生まれ。仙台市泉区在住。障害者芸術活動支援センター「SOUP」所属。小学3年生から絵をはじめ、これまでさまざまな公募展に出展。2016年、すみだ北斎美術館で行われた「みんなの北斎」展にて入賞。高校時代は、卓球で国体に行った経験もある。