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(カテゴリー)INTERVIEWS

(タイトル)描く楽しさとの“であい”をくれる。アニメーションの可能性

しりあがり寿[漫画家]

(この記事について)

漫画家のしりあがり寿さんが、障害のある子どもたちとともにワークショップでアニメを作るプロジェクト、墨田区主催「アニメで墨田!~未来アスロン編~」が進行中。しりあがりさんが語る、アニメーションがもたらすさまざまな可能性とは?

(更新日)2019年04月05日

CREDIT

[文]  小川知子

[写真]  冨樫実和

[写真(インタビュー)]  黒須勇輝

「アニメで墨田!~未来アスロン編~」とは?

「すみだ北斎美術館」の開館記念としてスタートした、「みんな北斎プロジェクト」の一環。北斎が生きたすみだから新しい障害者アートの波を起こそうと、全国障害者アート公募展「みんな北斎」を開催。2017年、漫画家でアーティストのしりあがり寿さんなら、ユニーク且つさまざまな表現を受け入れてくれるだろうと、「現代の北斎!?」として監修をオファー。プロジェクト「アニメで墨田!」を始動する。2018年度には障害のある人の文化活動で2020年のオリンピック・パラリンピックを盛り上げるべく、「未来アスロン編」を実施。墨田区の中学校、小学校の特別支援学級、福祉施設でワークショップを行い、そこで生まれた素材をもとに、しりあがりさんがストーリーを担当し、アニメーションを制作・発表した。
http://minnahokusai.ableart.org/

(埋め込みコンテンツについて)


アニメのもととなる絵を描くワークショップ

——アニメに登場するキャラクターなどの素材を制作するワークショップというアイデアはどこから生まれたんでしょうか?

2000年くらいに、美術館で子どもたちを集めてワークショップをやったことがあったんです。そのときにまず、みんなに自分の弱点を描かせたの。寝坊するとか忘れ物するとかね。それはきっと妖怪のせいだということで、「ネボウスルジャー」とか、そういう名前を付けて妖怪を描いてもらった。それをもとに、夜中に50人くらいの妖怪がパレードして夜明けとともに去っていくというアニメーションを一晩で作ったら、好評だったんです。子どもたちにとっては、弱点が妖怪の形になって去っていくから面白かったみたいで。治りはしないんだけどさ(笑)。それに、自分で描いた妖怪の声も演じてもらったから、声優デビューみたいな気分でみんな楽しそうだったし、緊張して喋れなくなる子や泣いちゃう子もいて、声を出すって大切なことなんだなと実感して。その経験をアレンジして何かできないかなと思ったんです。まとめるのは僕らがやるけど、アニメーションのもととなるキャラクターを子どもたちに描いてもらって、それに声を入れてもらうことができたらいいなと。

(写真について)しりあがりさんと、「みんな北斎」プロジェクトのワークショップコーディネイターの近田明奈さん。

——じゃあ、具体的に何をするかはしりあがりさんも交えて話し合いながら決めていったんですね。

最初はぼんやりしててなんだかよくわからない感じで(笑)、やりながらだんだんわかってきたんですよね。そもそも、障害のある子たちになぜ絵を描かせなきゃいけないのか、いろいろそれなりに考えるわけじゃないですか。まず前提として、障害のある人だって、音楽が得意な人もいれば苦手な人もいるし、絵も同じで好きな人、嫌いな人がいる。アウトサイダーだからって、誰もが個性的な絵を描くわけじゃない。その前提の上で、ワークショップで絵を描かせてみたら、割とみんな楽しそうだった。嫌がっていたり気の進まない人もいただろうけど、結局みんな描いたよね。やりながら、自分もいろいろ勉強になって。


描いたら気持ちいい、を大切に

——具体的に、どんなことを学ばれましたか?

つい僕らは、描いた絵が商売になるならないとか、賞をとるとらないとか、評価する側やそれを所有する側のことばかりを考えがちだけど、やっぱり描く人の気持ちが一番大切だなという気がした。だって、画家とかアーティストという商売ができる前から、人って絵を描いてたじゃないですか。頼まれなくてもさ。歌を歌ったり、発言するのと同じで、描くというのは人にとってとても自然な行為でしょ? 描いたら気持ちいいんだから、単純に、絵を描いてもらったら子どもたちは楽しいだろうなと。楽しいものを、ちゃんと楽しく感じてもらいたいなと思って。

——楽しんで描くだけでは終わらないのがアニメというのもポイントなんですね。

そう。以前、ワークショップで、子どもたち全員に丸を描いてもらったことがあったんだけど、全員ちょっとずつ形が違うんですよ。小さく描く人もいれば大きく描く人もいて、筆圧が強い人もいれば弱い人もいるし、絵ってその人の身体とものすごく繋がっている。親指の長い人と短い人でも、描く絵が変わる。格好良く言えば、絵ってその人の生きたその瞬間の軌跡が残るようなものだから、優劣の前に描くことが大切だなって。それで、そういう機会を与えられたらと考えたときに、アニメーションっていいんじゃないかなと思ったんですよね。だって、自分の描いたものが動き出すわけだから。それは描いた人にとって、すごく嬉しいことだと思う。描くときは何か描きたいものがあると思うから、その気持ちの延長で描いたものが動き出すっていうことがあると、無理なく気持ちが乗ってくるような気がしたんですよね。

——ほかに工夫されたことはありました?

俺はただ、現場で「みんな描いてー」と言って、描いたら「いいねー」って言ってただけ。見本もあまり上手に描くと敷居が高くなるから、わざと下手にして(笑)。でも、ただ描くだけじゃなくモチベーションを高められないかなと思って、2020年に向けてオリンピック、パラリンピックもあるし、ちょっとレースみたいな要素も取り入れてみました。結果も、一般のみんなの人気投票で決めようと。だから、完成したアニメーションに出てくるレースシーンで一等賞になっているのは、一番票が集まったチームなんです。あんまり、「何でもいいよ」としてしまうと張り合いもないかなと思って、勝敗があるっちゃあるという軽いルールを取り入れてみたんです。それも恐る恐るだったんですけどね。他に思いつかなかったからさ(笑)。

——平等性にとらわれすぎるのも、モチベーションを下げてしまうことにつながるかもしれないですよね。

社会が平等でないのに子どもに平等しか教えなかったら社会に出られなくなってしまう。競争のある社会へ出すのに、子どもに一切競争をさせないのはどうかなと思うよね。まぁ、平等っていろいろな側面があるから、簡単には言えないけれど、軽く競争があってもいいんじゃないかなと。負けた子が「悔しい!」って頑張るといいんだろうけど、落ち込んだりしちゃう可能性もあるしね。反応に個人差があるから、競争って難しいんでしょうね、きっと。

(写真について)墨田中学校の特別支援学級のワークショップ。今描いたばかりのキャラクターの声優に挑戦する生徒たち

——実際のワークショップの現場での発見ってありました?

現場に行って、初めて発達障害の子たちと接してビックリしたんですよね。全然普通じゃんって。ちょっと落ち着きがないだけで、俺も昔そうだったよと思った。中学校まで、椅子の背もたれに腰掛けて授業受けてましたから。手を挙げても先生が指してくれないって、授業中に怒ったりして。でも、そういう子だからという感じで放っとかれてました(笑)。


プロジェクトのこれから

——プロジェクトはまだまだ続きますが、今後の課題は?

この魅力的な絵を使って何ができるかという可能性もそうだし、まだ見えていないことが多いですよね。今はオリンピック・パラリンピックに向けた枠の中でやっているけど、障害のある子たちが参加しているんだという意識は、自分たちはもちろん、世の中にとってもいいことだと思うし。だけど、クリエイティブな作品として今のままでいいかというと、きっとまだ物足りない。障害のある子たちが作ったものをもっといい作品にして、その子たちの存在を世の中に広く知らせるという可能性もあれば、単純作業が得意な子にはそういうことをもっとさせてみたらいいんじゃないかとか。でもそうなると、学校の授業の枠にはおさまらないですよね。本当にいろんな可能性があって、いろんな限界もあって。

(写真について)すみだ北斎美術館のワークショップにて。キャラクターにかけたい応援セリフを吹き出しに描いて壁にペタリ

——アニメーションの分野での障害のある人たちの活躍には、まだまだいろんな可能性がありそうですね。

アウトサイダー・アートの視点から認められている障害のある人の絵は多いけど、障害のある人のアニメーションはまだ少ないんじゃないかな? 今後、障害のある子がアニメーションを通じて発信できる仕組みができれば、それは世界中に広げることができる。だから、子どもたちがどうなっていくのがいいのかという目標から考えなきゃいけないよね。目標は作品の評価ではなく、子どもたちがどうなっていくか? そういうことを、僕らがこれから考えます(笑)。

(写真について)〈特定非営利活動法人のぞみ 肢体不自由児者通所訓練所〉では、アニメに使用する背景などを作るワークショップを実施。

及び腰オーラを出しまくってます

——ちなみに、本プロジェクトで「現代の北斎!?」と呼ばれているしりあがりさんの捉われない視点は、どうやって形成されたものなんでしょう?

俺が大学を卒業した80年代初めは、たとえば学生がイベントをプロデュースしたり、現役女子大生の「オールナイターズ」とか、素人に光が当たっていたんです。プロのクオリティとは違う世界。1977年にセックス・ピストルズがデビューして、ロックが出てきたし、漫画ではヘタウマが出てきた。言ってみれば、「コンチクショウ!」とか「バカヤロー!」というメッセージを世の中に発信するのに、上手に描く必要はないんだと。下手くそであっても、一応発信できているわけで、それはそれでひとつのメッセージじゃないですか。優劣を付けるわけじゃなく、そういうメッセージを大切にしていこうという。まさに、そういう時代だったんです。

(写真について)選手となるキャラクターへの応援投票はオンラインだけでなく、美術館のワークショップ会場でも行われた

——多様化は進みながらも、同時に物事の線引きが激しくなっている現代に対してはどういう思いがありますか?

人って、何でもいいってわけにはいかないんでしょうね。何かしら順列だったり、秩序だったり、優劣だったりそういうのを付けようとするのはわかる。理解するための手がかりが欲しい。多様性と、その整理は両方必要だし、整理には上下左右の取捨選択がつきもの。一度整理したと思ったら、また新しいものが生まれて、また整理して……みたいな、ダイナミックなイタチごっこが必要ですよね。世の中って、生物の世界でもそうだけど、多様なものがエントリーして、その後、選択淘汰されていくわけじゃないですか。すべてが残らないのはしょうがない。そういうダイナミックさが必要で、いろんな物事が生まれてくることに対して規制をかけようとするのはおかしいですよね? 生まれてきたものが、どういうふうにこれからの環境に合うように選択淘汰されていくのか、そっちの仕組みのほうが大切なのであって。

——二元論になってしまうと、選択淘汰される前提のものはそもそもエントリーしづらくなっちゃいますもんね。

みんな社会の中じゃなく、あらかじめ空気を読んで頭の中だけで選択淘汰のジャッジをしているけど、そればっかりになったら、普通にいいアイデアって残っていかないですよね。エントリーするもの自体が少なくなってしまうから。日本は、そこがきっと上手くいってないよね。選挙にしても、就活にしても、人間にしても、アイデアにしても、この国は一体どういう選び方をしてるんだろうと疑問に思う。だから、自分は専らエントリーを増やすほうに力を注いでいますけど、それを淘汰する側にがんばってほしい。

——しりあがりさんは、活動を通じてご自身のそういう考えを伝えようという意思はあるんでしょうか?

ない(笑)。言われたら、言われた範囲で頑張るけど、意思はないです。自分でわかってるからさ、能力的にも時間的にも、そんなにできないって。やるんだったら、ちゃんとやらなきゃ子どもたちにもみんなにも悪いから。いつも及び腰オーラを出しまくってます(笑)。

——最後に、北斎は自由な表現方法で知られていましたが、「みんな北斎」というこのプロジェクト名を、しりあがりさんはどういう風に捉えられていますか?

漠然としてるけど、絵が好きだったら誰でも北斎になれるよってことかな。もうちょっと言うと、これは願いになっちゃうんだけど、絵の前では障害のある人もない人も同じ、関係ないよということだと思っています。


PROFILE関連人物

しりあがり寿

(英語表記)KOTOBUKI SHIRIAGARI

(しりあがり寿さんのプロフィール)

1958年静岡市生まれ。1981年多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後キリンビール株式会社に入社し、パッケージデザイン、広告宣伝等を担当。85年、単行本『エレキな春』でマンガ家としてデビュー。パロディーを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。幻想的あるいは文学的な作品など次々に発表し、マンガ家として独自な活動を続ける一方、現代アートの世界でも意欲的な活動を続ける。代表作に『真夜中の弥次さん喜多さん』『弥次喜多 in DEEP』など。

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