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(カテゴリー)INTERVIEWS

(タイトル)俳優・永瀬正敏と写真家・齋藤陽道がとらえた光とは? (1/3)

(この記事について)

前作『あん』で初めて音声ガイドに触れ、視覚障害者の人たちにも映画を届けたいという思いから、河瀨直美監督が手がけた最新作『光』。映画の音声ガイドを製作する美佐子と弱視のカメラマン雅哉との交流を描いた本作で、雅哉として出演するのは写真家としても活動する俳優の永瀬正敏さんだ。生まれつき耳の聞こえない写真家・齋藤陽道さんは字幕付きで本作品を3回観て、自分も体験したことがある感覚を覚えたという。二人が映画を通じて見た光について訊いた。

(更新日)2017年06月16日

CREDIT

[文]  小川知子

[写真]  田上浩一

(写真について)現在公開中の映画『光』より。
(写真について)現在公開中の映画『光』より。
(写真について)現在公開中の映画『光』より。

見えると見えないの間に立ってシャッターを切るということ

齋藤陽道(以下、齋藤):映画とっても良かったです。僕、3回観たんですが、1回観て気持ちが揺さぶられて、2回目に観るともっとべつのところの気持ちが動かされて、3回目にもまたまた変わって……、観るたびに気持ちのいろんなところが揺り動かされました。つねに観るべきところ、感じるところが変化していく感覚がある作品でした。

永瀬正敏(以下、永瀬):ありがとうございます。嬉しいですね。

齋藤:僕は写真を撮っているんですけど。

(写真について)齋藤さんが常に持ち歩いているのは、ペンタックス67というフィルムカメラ「大吾郎」。

永瀬:(齋藤さんのカメラを見ながら)すごい。6×7(ロクナナ)を使ってらっしゃるんですね。

齋藤:うん、「大吾郎」という名前をつけています。映画を観ながら、僕の手法と重なる部分を感じるものがありました。この写真、見てもらえますか。逆光の効果を利用して撮ったポートレートのシリーズなんですが。

永瀬:リフレクションがすごくきれいですね。

齋藤:この手法で撮るとき、被写体は太陽を背にして、僕は太陽のほうを直視する形で撮ることになります。逆光なので、ファインダーの中は眩しくてよく見えないわけです。でも、ピントは合わせなくちゃいけない。だから、何とか見ようとする、でも、見えない。そんな「見える」と「見えない」のあわいに立っている気持ちでシャッターを切るんです。弱視として写真を撮る気持ちはどういう感じなのかを想うにあたって、そのあたりが雅哉の気持ちと、ほんの少し重なる気がしました。気持ちの方向性としては、真逆だろうとは思いますが。

(写真について)太陽を背にした被写体と光の輪が融け合うかのような、齋藤さんのポートレートシリーズ「絶対」。

永瀬:雅哉はもともと目が見えていて、カメラマンとして活躍していた人で、僕は自分が表現したいものがしきれない悔しさや寂しさを感じながら、演じていた……というよりも、雅哉として生きていました。たとえば公園で子どもたちが周りにいると少し和んで、彼らを一生懸命を撮ろうとするのだけれど、そこに何人いるかもわからない。だから、どちらかというと、気持ちとしては齋藤さんの未来に向かって輝く写真とは違うベクトルのものだったんじゃないかとは思いますね。

齋藤:でも、最後に雅哉が撮る写真がありますよね。美佐子さんの、ポートレイト。とてもきれいだと思いました。あの一枚を撮ったときの心境というのは「寂しい」ではなく……、「嬉しい」でもないだろうし……、ふさわしい言葉が見つからないですが、それだからこそ「最後の一枚」と言いきれる写真だろうなあということが、すごくわかるようでした。

永瀬:あの写真は、何とも言えない複雑な気持ちで撮っていましたね。映画的な理由で僕が自ら撮れなくて、撮影カメラマンでスチール写真家でもある百々さんが撮っているんです。でも、横にいた僕はどうしても自分の気持ちを一緒に乗っけて撮りたくて。だから百々さんがカメラを構えてらっしゃるときに、僕は後ろから一緒に抱えるようにシャッターを切らせてもらいました。普通ならお任せしてしまうものなんですけど、どうしても一緒に撮りたかったんですよね。

齋藤:あの写真は、はっきり画面には出ていなかったですよね。たぶんぼやけていて、でも存在そのものが写っている感じがして。ただそこに生命がある、という感じがとてもしました。

永瀬:どうなんでしょう。河瀨監督の映画は、いつもインタビューに答えるのが難しくて(笑)。本当にうまく言葉にできないんです。なぜって、僕は雅哉を演じるんじゃなく、雅哉として生きなければいけない。脚本に書かれていることをお芝居するとNGで、逆に言えば、脚本に書かれていない方向を生きてもOKなんですけどね。だから、みなさんの意見はすごくありがたく聞いているのだけれど、まだ客観的に見れていないんです。客観的に語れると、お芝居していたことになってしまう。ご一緒した藤竜也さんも「河瀨直美さんは“魂の盗人 ”」とおっしゃっていましたが、そういう気持ちになります。


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