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(カテゴリー)コラム

ダイバーシティな「音楽」ガイドvol.7

(この記事について)

有史以来、人類と共に歩んできた音楽。世界中に音楽はあり、人々は音楽を愛しています。それ故に、世界の音楽は多種多様です。作曲家の安野太郎さんに多様性を知るための音楽を紹介していただきました。

(更新日)2021年07月23日

CREDIT

[文]  安野太郎

[絵]  小沢剛

どうしてこうなった? な音楽

こんにちは! 安野太郎です。

これはインターネットの記事なので、見ているひとはそれぞれの時間でアクセスしているから、おはよう!かもしれないし、こんばんは!かもしれません。

時空の異なる読者に対するあいさつを文章で行うための適切な挨拶文を人類はまだ発明してないかもしれないですね。オッス!みたいなのがいいんですかね。「ごきげんよう」とか?

今回は「はじめまして」が無難かもしれません。 
   
というわけで、はじめまして安野太郎です。僕自身がダイバーシティという言葉を聞いて意識にのぼるようになったのはここ7〜8年のあいだだと思います。僕がはじめて「ダイバーシティ」という文字列をみたときには、一体それが何を指すのかよくわかりませんでした。ダイバー(潜水)/シティ(都市) というように勝手に解釈されて、中沢新一さんの『アースダイバー』的な何かのことか? と考えたりしました。その認識でダイバーシティにまつわる話を聞くと話の意味がつながらなくて混乱していました。いまでこそダイバーシティが多様性の意ということは学習しましたが、最初から多様性と言ってほしいですよね。

お茶を濁すのはこのへんにして、多様性の音楽を紹介しようと思います。最近みなさんはどうやって音楽を聴きますか? コンサートとかライブとか行きますか? 今はコロナ禍だし、現場で見聞きするような音楽、人が集い、人間が演奏し同じ時間と場所を共有するような音楽をなかなか聴きにいけないんじゃないかと思います。であればCDやレコードを聴きますか? あらゆるサブスクリプションサービス(Apple Music、Spotify、Naxos Music Libraryなど)を通して聴きますか?

CDのメガストア(久しく行ってないなぁ)に行けば様々なジャンルの音楽がフロア中に所狭しと並んでいます。多様性の音楽代表といえば、「ワールドミュージック」の棚※1ですね。

ネットショップでもあらゆる音楽をチョイスできて、しかも家まで届けてくれます。音楽のサブスクリプションに至っては、ネットに接続されていればいつでも、どこでも音楽にアクセスできます。いまでこそ我々は世界中の多種多様な、あらゆる音楽を「記録メディア※2」を通して体験することが可能になっています。記録メディアを通した音楽が一般化する前、多様性の音楽とはどのようなものだったのでしょう?

僕が思うに録音技術が生まれるまでは音楽は多様性というよりも単一性を志向するものだったのではと思います。国家とか校歌とかにその名残はあるのではないでしょうか。同じ時間、同じ場所を共有しながら、音楽をとおして我々が同じローカルに所属していることを確認する行為。我々が同じ人間であるということを確認する行為。違いを確認するというよりは同じであることを確認するものなのではないかなと思います。記録メディアが発達して、音楽がグローバルなものになり、我々の違いを確認するようになった後も、『We are the World』なる試みがあって、グローバルに広がりつつも人間が一つであることを目指すような音楽もありました。

……またお茶を濁してしまった。

ここはひとまず、音楽は多様性も単一性も同時に志向する両義的なものなのではないだろうか? というような問題を投げかけてみて僕から多様性をテーマにした音楽を紹介します。どうしてこうなった? って音楽です。

※1今ここを読んでいる読者でワールドミュージック的なものを求めている方がいるとしたら、NHKラジオで放送されているゴンチチさんの『世界の快適音楽セレクション』がオススメです。サブスクリプションサービスやネットストア、YouTube等の動画共有サービスでも見つからないような面白い音楽を紹介してくれます。

※2 ここではCDやレコード、音楽が記録されたデジタルデータをひっくるめて記録メディアとします。


FUNDO DE QUINTAL OFC

どうしてこうなった????

野生のクリエイティビティ。1秒1秒が全部面白いです。彼らはブラジルの北東部の州、マラニャン州の町で活動しているバンドです。ちゃんとバンドと名乗っています。2019年に最初のパフォーマンス(というかおそらくちょっとした悪ふざけがきっかけ)をアップロードしSNSを駆け巡って、地球の裏側の僕の目に届きました。彼らのYouTubeチャンネルの概要欄を読むと、Piseiro(ピセイロ)を踊って、音楽とユーモアを混ぜて届ける。と書いてあります。

ピセイロとはフォホーというブラジルの東北部をルーツとするローカルなダンスミュージックです。エレクトリカルなダンスミュージックというイメージではなく、民俗舞踊の延長にあるポピュラーミュージックと考えてよいと思います。フォホーのサブジャンルとして2010年代後半からあらわれたのがピセイロのようです。ブラジルの音楽といえば、サンバやボサノヴァというイメージがいまだに強いかもしれませんが、ブラジルローカルにとってはフォホーのほうが根強く、ポピュラーな音楽です。アメリカでいうカントリーミュジックみたいなものです。だから彼らの演奏? している曲にはぜんぶ元ネタがあります。

信じられないことに音楽は全部オリジナルではなく、カバーなんです。ボーカルは端からまともに歌おうなんて思ってない。いや、まともに歌ってこうなっている。何がまともで何がまともでないかなんてどうでもいい世界です。まともな何かを目指したら絶対にこうならないです。表現したいってこういうことだったよなと事あるごとにこの動画を見て思い出そうと思います。再生数があがって広告料がバンバン入ってくるのでしょうか。新しい動画がでるたびに彼らの服のクオリティがあがっていくのもいい感じです。

バンド名のFUNDO DE QUINTALとは直訳すると“庭の奥”なのですが、そこはつまり人目につかない場所です、それが転じて“子供が悪さをする場所”という意味があるみたいです。いやーそのまんまで、とても良いですね。


隠れキリシタンの音楽

どうしてこうなった?

今度はまた違う視点でどうしてこうなった? という音楽です。今を生きる日本人が学習して身につけている音楽は、明治以降に富国強兵政策の一環で輸入した西洋音楽がもとになっています。この念仏なのかなんなのかわからない音楽は、世界遺産に認定された五島列島の潜伏キリシタンに口伝で伝わっている祈りの歌で、もともとは西洋から伝わったキリスト教の聖歌です。

我々にインプットされたもの以前の西洋音楽です。それは戦国時代に初めてキリスト教とともに日本につたえられたものですが、その後禁教令や鎖国を経て西洋文化の流入が200年以上も止まってしまいます。つまり200年更新されなかったことになります。鎖国下、キリスト教弾圧の中、カモフラージュのために念仏っぽいものとミックスするなど、なんとかキリシタンであることがバレないように何世代にもわたって少しずつ変化していたものがオラショという形になっていきました。

このように、なんでこうなったのかは、”歴史がそうさせた”というはっきりとした理由があるのですが、日本に西洋音楽を伝えた宣教師の立場でオラショを聴くと、どうしてこうなった? って感じるのかもしれないかなと思いました。200年の歳月を経て発酵した西洋音楽。

ヘヴィメタルが日本でローカライズされてヴィジュアル系に変わったように、日本は西洋の文化をアレンジして独特のものに変えてしまうことがしばしばあります。オラショをそういうものと一緒にしていいのかどうかわかりませんが、外来のものをアレンジして独特のものに変化させるというセンスという点では意外とこういうところも参考にできるのかも知れません。

ゾンビ音楽

最後に手前味噌ですが、どうしてこうなった? というものとして自分の音楽を紹介します。摩訶不思議な自動演奏リコーダーの音楽です。自分で機械を作って、自分でそのための音楽を作曲しています。僕はこの音楽を「ゾンビ音楽」と名付けています。この名付けの由来はその音楽の作り方と結果として生まれた音楽からきています。

まずこの音楽の作り方ですが、機械が動く仕組みはオルゴールや自動演奏ピアノの延長上にあるものですが、その違いはどんな音を狙っているかです。オルゴール等は演奏するときに特定の音の高さを狙います。ドとかレとかミです。自動演奏ピアノもそうです。

一方「ゾンビ音楽」は音を狙っているのではなくて、指使いをコンピュータから命令して狙っています。◯◯◯◯というならびで笛の穴があるとすると、◯●●◯とかです。笛の演奏は指使いと息の流れのコンビネーションで音の高さが決まります。「ゾンビ音楽」は空気の流れを制御しないものとして扱っていますので、指使いと息のコンビネーションがセオリー通りにいかず、一般的なドレミから外れたような音がたくさん生まれるのです。このような音の組み合わせから作られる響きによってこのような不思議な音楽が生まれました。

なんで、ゾンビと名付けたのでしょうか? リコーダーは人間が作った楽器で人間の伝統的な音楽を演奏するために作られた楽器であり、ドレミを演奏することが期待されています。戦後の日本人は学校教育においてリコーダーでドレミの演奏を学習しました。楽器によって音感を西洋音楽ベースにチューニングする最初の楽器です。僕は機械の演奏によって、楽器の背景にある音楽の基盤を組み替えました。例えるなら音楽の遺伝子組み換えです。この遺伝子操作によって楽器の背景にある西洋音楽の基盤が機能しなくなりました。死に体になったのです。死してもなお動く、生ける屍として僕はこの音楽を「ゾンビ音楽」と名付けたのです。遺伝子組み換えによって生まれたクリーチャーです。

ちょっと難しかったかもしれませんが僕はこうやって自ら創作を行うと同時に、どうしてこんな音楽ができた? という研究を大学で行っています。まだ詳細は明かせませんが2022年の3月に関西方面でコンサートや展覧会を行う予定で動いています。もし興味が湧いたら是非現場で目撃していただけたらなと思います。


PROFILE関連人物

安野太郎

(英語表記)YASUNO Taro

(安野太郎さんのプロフィール)

作曲家。1979年東京都生まれ、愛知県立芸術大学准教授。あらゆるメディア、テクノロジー、手段、方法を通して音楽をそのあり方から問い直す。代表作に『ゾンビ音楽』がある。第7回JFC作曲賞(日本作曲家協議会)。Art Award in the CUBE 高橋源一郎賞。第10回創造する伝統賞等。2019年はヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家の一人として「Cosmo-Eggs」を発表した。2021年から名古屋在住になり人生のセカンドシーズン突入で新しいことをやりたいと色々と模索している。 プロフィールイラスト 古泉智浩

(安野太郎さんの関連サイト)

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