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(カテゴリー)レポート

体と向き合い、新たな表現と出合う

目次

【写真】絵の具の跡のある板の上に置かれた筆、VRゴーグル、猫を描いた絵

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体と向き合い、新たな表現と出合う

テクノロジー、その先へ 01

クレジット

[写真]  斉藤有美

[文]  飛田恵美子

読了まで約6分

(更新日)2023年05月26日

(この記事について)

表現によっていきいきと自分らしさを解放し豊かに世界とつながっていた人が、もし心身の変化によって創作活動ができなくなってしまったら?

 

福祉施設で生み出されるすばらしいアートに触れるなかで、そんな疑問を抱くことがある。いま、テクノロジーを通してこの問いに向き合っているのが奈良県奈良市にある〈たんぽぽの家〉だ。同団体では、病気や事故、加齢、障害の重度化により心身の状態がどのように変化しても、さまざまな道具や技法とともに、自由に創作を始めること、表現を継続することを模索する「Art for Well-being」プロジェクトに2020年から取り組んでいる。

本文

変化する画材と意識

きっかけとなったのは、〈たんぽぽの家アートセンターHANA〉で長年活動してきたアーティスト・武田佳子(あつこ)さんの存在だ。脳性麻痺のある武田さんは1985年に油絵を始め、加齢による体力の低下に直面しながらも、パステル画、水墨画、張り子と画材を変え、〈HANA〉のスタッフや複数人のアートサポーター(障害のある人のアート活動を支えるスタッフ)とともに、試行錯誤しながら創作を続けてきた。

【写真】電子書籍を読む武田さん。背景に彼女が描いた作品が見える。
電子書籍を読む武田さん。この数年は筆を握ることができず、アートサポーターが武田さんの指示を受けて手を動かし、作品を制作してきた。写真提供:たんぽぽの家

アートサポーターの提案や影響を受け、画材や描くものが変化することもあったという。「誰かと一緒に表現することを続けてきた武田さんがAI と出合ったら何が生まれるだろう」「AI をアートサポーターと位置づけて、武田さんの表現を支えられないだろうか」とArt for Well-being の模索は始まった。

【写真】武田さんの作業場と、彼女が描いた作品群。
武田さんの机。ずっと動物を描いていた武田さんだが、アートサポーターと関わるなかで人間を描くようになったという。

AI が描いた絵は、誰の絵なのか?

【写真】
小林大祐さんが映るPCを持つ後安(ごあん)美紀さん、図師雅人(まさひと)さん。この日の取材、小林さんはオンラインでの参加だった。

「Art for Well-Being プロジェクトで、アドバイザーとして関わっている情報科学芸術大学院大学の小林茂さんと意見交換をするなかで、まず行ったのは、武田さんの絵をAI に学習させ、新たな作品を生成する取り組み。はたしてその結果はというと……「試みとしての面白さは感じつつ、手放しで『武田さんの新しい作品だ、すごい』とは思えず、モヤモヤするものが残りました」と、〈HANA〉のスタッフでアトリエを担当する図師雅人さんは語る。

【絵】左側に武田さんが過去に描いた猫の絵が6点。右側にそれらの絵を機械学習して生成された猫らしき絵がある。
AIが作家の作品を学習して描いた作品に違和感を感じたとしたら、そこにその作家の本質が隠れているのかもしれない。写真提供:たんぽぽの家

しかし、「そのモヤモヤを出発点としてみんなで表現について考えられないか」と、2022年10月から11月にかけて『武田佳子と考える表現の成り立ち』という展覧会を開催した。

「武田さんがやってきたことは、19世紀の画家たちが絵の具チューブや写真の発明を受けてものの見方を変え、印象主義を生み出したようなことと重なる部分があると感じています。それは現代を生きる私たちがAI などのテクノロジーとどう関係を築いて新たな表現を生み出すかという問いにも通じます。〈HANA〉の若いメンバーにとっては、自分がこれから歩む道かもしれない。武田さんの経験を外に開くことが、Art for Well-being を深めることにつながると思いました」

会期の前半は、武田さんと関わってきたアートサポーターやケアサポーター、〈HANA〉の仲間が集まり、武田さんや表現について語り合う非公開の場として設定。後半ではそこから出てきた言葉を作品とともに展示し一般公開した。

「『いつまで表現を続けたい?』『誰かと何か(表現やケア)をするとき、お互い大事に思うことってなんだろう?』と、大切な問いがたくさん出てきました。人間は新しい技術と出合うとモヤモヤとしたものを感じ、それと向き合うことで本質的な問いが生まれ、表現活動が発展していくのではないでしょうか」
その後も、アーティストで株式会社Qosomo代表の徳井直生さんが〈HANA〉のメンバーに対してAI による画像生成ワークショップを実施するなど、その探究は現在進行形で進んでいる。

よりよく生きるためのアート

【写真】VRゴーグルを付けている男性が中央にいる。彼はダンサーでVRを使ったダンス表現を構想している。
Takramデザインエンジニア・緒方壽人(ひさと)さんとともに進めているVRプロジェクト。〈HANA〉のメンバーとダンサーの佐久間新さんが行ってきた即興的なダンスの取り組みをいかし、VR上でダンス体験ができるようなアプリの開発の構想もある。

武田さん×AI のプロジェクト以外にも、さまざまなテクノロジーを取り入れた試みを行っている〈たんぽぽの家〉。訪問した日、〈たんぽぽの家〉のメンバーは分身ロボットで京都のミュージアムを訪れて現地スタッフとコミュニケーションし、VR ゴーグルをかぶって仮想空間を探検していた。

一般的な福祉施設のイメージを覆す、最先端の光景。でも、スタッフにもメンバーにも気負ったところはなく、日常の延長線上として楽しんでいることが伝わってきた。〈たんぽぽの家〉スタッフの小林大祐さんは、「その人らしさや日常と離れることのないように進めたい」と語る。

【写真】犬とうさぎの張り子が2体並んでいる。左の「Good Dog」には犬の上にソーセージのような物が乗っているユニークな作品。3Dプリンターで出力されており、必要に応じて生産できる。
〈たんぽぽの家〉が運営する〈Good Job!センター香芝〉のオリジナルグッズ「Good Dog」。(左)〈HANA〉のアーティスト・中村真由美さんが制作した張り子をスキャンして3Dプリンタで型を出力。必要な数や注文に応じて適量を生産できるのがポイント。

「人が生きること、表現することに対してテクノロジーは何ができるのかを探るプロジェクトなので、ただ『今日は新しいことを体験したね』で終わりではなく、『これが自分の生活の中に組み込まれたらどうなるだろう?』と想像してもらいたい。テクノロジーによってこれまでできなかったことができるようになって、新たな楽しみが生まれて、それが日常になったらいいなと思っています」

【写真】アーティストの女性が絵を描いている様子

〈HANA〉のアーティスト・十亀史子(そがめふみこ)さんは、文章を入力して画像を生成するAIを使い、出力されたイメージをアレンジして作品を制作している。

【写真】

AIによって出力された動物をモチーフとした画像。そのイメージからインスピレーションを受けて十亀さんは制作する。

【写真】AIが生成した絵と、十亀さんが描いた絵が並べられている。

AIとの「競作」は十亀さんの絵の領域を広げている。写真提供:飛田恵美子

人生100年時代、いま心身ともに健康で特に困ったことがなくても、将来はわからない。よりよく生きるための芸術(アート)、よりよく生きるための技術(アート)を探究する〈たんぽぽの家〉の取り組みは、私たちみんなの道標になるのではないだろうか。


Information
〈たんぽぽの家〉
住所:奈良県奈良市六条西3-25-4
TEL : 0742-43-7055
Web:たんぽぽの家
note:Art for Well-Being