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仮想空間から生まれる新たなつながり、アナログな仕組み

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【写真】長崎県東彼杵町にあるイコールボートの実店舗。店内の棚には色とりどりの商品が置かれている

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仮想空間から生まれる新たなつながり、アナログな仕組み

テクノロジー、その先へ02

クレジット

[写真]  中村紀世志

[文]  岡田カーヤ

読了まで約7分

(更新日)2023年06月09日

(この記事について)

仮想空間(メタバース)はこれまでにはない関係性やつながり、さらには新しい仕組みをつくり出せるのではないか。そんな仮説とともにプロダクトの制作・販売を行うプロジェクトが進行しています。

本文

日常のコミュニケーションが苦手でも、仮想空間でならば「人とのつながりかた」が変わるかもしれない。

そんな仮説とともに仮想空間アプリ「クラスター」の活用を始めたのが、長崎県佐世保市にある〈ホットライフ〉だ。デザインを軸に就労移行支援を行っているこの事業所では、週に一度ほど仮想空間で「バーチャルビジネスマナー講座」を実施している。

利用者は、自分の分身となる「アバター」を作成して、スマートフォンやタブレットからログインする。自宅にいても参加できる。

【写真】講座を受講している利用者たち。中央のモニターには仮想空間とアバターが映し出されている
〈ホットライフ〉では利用者が自分の分身「アバター」を操りながら、仮想空間で講座を受ける

講座中は自由にふるまうことが推奨されていて、利用者たちのアバターは仮想空間内を走り回ったり、踊ったり。それでも講師によるクイズ形式の問いかけには、間髪入れずにチャットで答える。

「これまで知らなかった利用者さんの一面が見えたんです」というのは同施設ブランディングマネージャーの坂井佳代さん。

「アバターだと元気よく返事をして、発言や会話ができる人もいる。新しいコミュニケーション手段のひとつだと感じています」

【写真】スマホを操作する利用者
この日の講座はビジネスマナーについて。講師の問いかけにチャットで答えていく

課題もある。現状使っているアプリは、大勢へ向けたスピーチは得意だけど、双方向でのコミュニケーションにはあまり向いてない。

「だったら全国の福祉施設と協力して、いろいろな人が講師となって授業をするのもありですよね」

〈ホットライフ〉を運営する〈フォーオールプロダクト〉代表、石丸徹郎さんは考える。

「おもしろいのはこうしたテクノロジーを利用したら、教える側だと思っていた職員が教えられる側にもなるということ。ものづくりに必要な新しい機械を導入したときもそうで、利用者さんが先導してどんどん使いこなしていく。そんな逆転現象がたびたび起こるんです」

【写真】タブレットを使用し、仮想空間でアバターを操る利用者
跳ねたり、踊ったり。自作のアバターを自在に操りながら講座を楽しむ

企業×福祉施設をマッチング

アーティストの作品を特殊印刷機でプリント、縫製してカードケースなどのプロダクトを製作する〈MINATOMACHI FACTORY〉(ミナトマチファクトリー)、オリジナルデザインでアクセサリーを製作する〈in or U〉(インオアユー)、国産ロープでハンモックを編み上げる〈FOR GO/OD〉(フォーグッド)など。石丸さんは、福祉施設が主体になって行うものづくりのプロジェクトを、長崎県内でいくつも立ち上げてきた。

【写真】イラストが描かれたポーチやカードケースなどのプロダクトが並ぶ〈ミナトマチファクトリー〉の店内
〈MINATOMACHI FACTORY〉のプロダクト。利用者が作成したイラストを特殊印刷機でプリントしたあと縫製して販売される
【写真】
〈in or U〉のアクセサリー。国内シェアトップのガラスビーズメーカーTOHO BEADSの素材を使用し、デザイン、制作とも諫早市にある事業所〈stand firm〉(スタンドファーム)が手がけている

そんな石丸さんが実感しているのは、福祉施設にはものづくりの高い技術があること。新しいテクノロジーを媒介することで、これまでにない関係性や仕組みをつくりだせるのではないかということ。

2023年2月に石丸さんが新しく始めた〈=VOTE〉(イコールボート)は、そうした思いを形にしたプロジェクトだ。

【写真】〈イコールボート〉の店内。動物の張り子やクッション、原画など様々なプロダクトが並んでいる。
東彼杵のコインランドリー跡地で2023年2月にオープンした〈=VOTE〉。オリジナルのほか、長崎県内の福祉施設でつくられたプロダクトも販売する

「企業の廃材」と「福祉施設のものづくり」を結びつける仕組みをつくり、そこで生まれたプロダクトは仮想空間上の店舗とともに、長崎県東彼杵町(ひがしそのぎちょう)にある同名の実店舗でも販売される。

「福祉施設のものづくりの課題のひとつが素材でした。そこで目をつけたのが企業の廃材。廃材といってもいい素材が多いので、それを有効活用すればクオリティがぐっとあがるんです」

すでに製作しているのは畳べりを利用した財布、使用期限が切れた高所作業用のロープと使用済みのクルーザーの帆を利用したトートバッグ、建築現場ででた木材や資材をつかった積み木や張り子など。今後は、企業の廃材とともに福祉施設のできることをデータベースにして、ものづくりに興味のある人がアクセスできるようにするという。

【写真】
畳べりの廃材を利用したコンパクトウォレット 2,970円
【写真】
高所作業用のロープとヨットの帆でつくられたバッグ3,850円は、耐久性がある素材同士の組み合わせ
【写真】鯨の張り子
断熱材の端材でつくった張り子3,850円。東彼杵はかつて捕鯨の町だった

「たとえばデザイナーさんが、この素材と技術でこんな商品にしたらいいんじゃないかということを提案して、採用されれば収入が入るようにする。ものづくりをしている福祉施設って高い技術でていねいな仕事をするのに、下請けとしてパーツづくりをしているところが多い。

〈=VOTE〉では、福祉施設、企業、デザイナーが並列で結びつく展開にして、それらを活かしたものづくりをしていく。企業側にしても福祉施設の使い方を固定化して考えているところが多いけど、仕組みを変えることで関係性も変わっていくはず」と石丸さんは考える。

仮想空間に店舗をつくったのは、いくつかの理由がある。ひとつは、新しい技術をつかってこれまでにない仕組みをつくれば、おもしろい人たちが集まってくるから。もうひとつは販路を広げるため。

これまでの事業で「どんなにいいものをつくっても、継続して売り続けるのはたいへん」だということを石丸さんは実感している。「地方だとなおさらで、価格もあげられない。でも、圧倒的に大きな市場であればたくさんの人に見てもらえるし、価格をおさえる必要もないですよね」。

【写真】
紙製の糸巻きに色づけしたマルチスタンド1,540円
【写真】
材木のカット工場からでた端材でつくった積み木3,850円
【写真】
木材の端材をカットして絵付けをしたフラワーベース3,850円
【写真】カラフルなフクロウのフラワーベースカバーと空のペットボトルが並んでいる
ペットボトルを利用するフラワーベースカバー1,870円
【写真】動物の形をしたクッション
Tシャツの廃材を中に詰めて縫製したクッション3,850円
【写真】イラストが描かれているエコバッグ
印刷工場で廃棄されるTシャツを加工したエコバッグ1,650円
【写真】様々な模様がペイントされているアクリル板
コロナ禍で大量につくられたアクリル板にペイントしたモビール(参考商品)

福祉施設のイメージを変えるために

「ふらりとアートを買いに行く場をつくりたい」という石丸さんの強い思いがあるから実店舗の存在も欠かせない。

福祉施設ではたくさんのアート作品が生み出されるが、その多くが人の目に触れることすらなく棚の奥へとしまわれていく。そうしたアート作品をもっと身近に感じてほしいと考え、石丸さんは昨年、ペーパーフレームを商品化した。

【写真】〈イコールボート〉のロゴが印刷されたペーパーフレームが棚の上に並んでいる
〈=VOTE〉のプロジェクトは同名のペーパーフレームからスタート。資源再生利用率95%といわれる段ボールでつくられたペーパーフレームを購入することで、福祉施設のアートを社会に循環させる取り組みに賛同する一票になる。この循環を広げたいという思いから〈=VOTE〉(投票するのと同じ)と名付けられた

段ボール製で軽く、内部に20枚近くの絵を収納できるその額縁は福祉施設で組み立てて販売することで収入につながり、額縁があることで作品も買われるという循環を生み出した。今回の〈=VOTE〉のプロジェクトもその延長上にあり、福祉施設でつくられたプロダクトとともに原画も販売していく。

「絵をお金に換えるって簡単ではない。でも、アート作品が流通して、豊かな感性でつくられた創作物に触れられる店が地域にあることで、福祉施設のイメージを、地域の人にも、企業の人にも変えてもらいたい」と石丸さんは言う。

【写真】原画を手にとり眺めている人物
〈=VOTE〉では福祉施設で作成された原画を実店舗でも仮想空間でも積極的に販売する

地域と密接につながっていることも〈=VOTE〉の特徴で、魅力でもある。〈=VOTE〉の実店舗は、地域の交流拠点で、カフェや雑貨店が入る〈Sorrisoriso〉(ソリッソリッソ)に隣接していて、建物はかつて農協が運営していたコインランドリーの跡地を利用している。

この建物を地域としてどう活用しようかを考えていたとき、〈Sorrisoriso〉を運営する〈東彼杵ひとこともの公社〉代表、森 一峻(もりかずたか)さんが石丸さんに相談をしたことで、〈=VOTE〉の構想が具体化していったという。

森さんは「地域視点」で見ても〈=VOTE〉は魅力的な事業だと考える。

「長崎県は人口流出が多いエリアなのだけど、若者に聞くと『地域に残りたいけど魅力的な仕事がない、夢を実現できる場所がない』という声が聞こえてくる。一方で、石丸さんが運営している施設に勤務されている方々は仕事にやりがいを感じて働いているように見える。東彼杵に〈=VOTE〉のような魅力的な事業が生まれることで、地域全体でおもしろくなっていくのではないかと思っています」

【写真】
〈フォーオールプロダクト〉代表、石丸徹郎さんと〈東彼杵ひとこともの公社〉代表、森 一峻さん。〈=VOTE〉に隣接した交流拠点施設〈Sorrisoriso〉前にて。東彼杵町はここ数年、移住者が増えたエリアとして注目されている

これまではプロダクト自体を評価してもらいたかったから、「福祉施設がつくっていること」を前面に出さずに販売していた。けれども〈=VOTE〉では「福祉施設がつくっていること」をあえて打ち出し、ものとしてのクオリティの高さを伝えていこうと石丸さんは考えている。

新しいテクノロジーを利用して、新しい関係性や価値観をつくりだす取り組みのベースにあるのは、やっぱり人と人とのつながりだ。そのつながりは物質的な制限のない仮想空間同様、どんどん広がっていくのだろう。

【写真】長崎県東彼杵町にあるイコールボートの店内とスタッフ。店内の棚には色とりどりの商品が置かれている
〈=VOTE〉スタッフと関係者のみなさん。写真右から、山内理央さん、内野 彩さん、石丸徹郎さん、中央でペーパーフレームを掲げるのが〈フォーオールプロダクト〉ブランディングマネージャーであり〈=VOTE〉代表でもある坂井佳代さん、森 一峻さん
【写真】〈イコールボート〉外観。外壁にはコインランドリーという文字
コインランドリー跡地につくられた〈=VOTE〉。外から見ても楽しげな雰囲気が伝わってくる

Information
〈=VOTE〉(イコールボート)
住所:長崎県東彼杵郡東彼杵町瀬戸郷1025-2
営業時間:11:00~17:00/火・水休
Web:=VOTEオンラインショップ