ストーリー
【写真】山形県立村山支援学校本校教室内にある机につき、両手で持った絵の作品から顔を覗かせる、生徒の長濱哲哉さん。

(カテゴリー)アーティスト

長濱哲哉

Cultivating The Arts “生きるための技術”をさがして(山形②)

クレジット

読了まで約5分

(更新日)2024年03月04日

(この記事について)

「THE ARTS」を“生きるための技術”ととらえ、表現が生まれる全国各地の現場を、福祉や創作活動に携わる案内人とともにめぐる企画「Cultivating The Arts」。今回は、山形で障害のある人の芸術普及・支援を行う、やまがたアートサポートセンターら・ら・らコーディネーターの武田和恵さんを迎え、3名の作家のもとを訪問した。山形県寒河江市の〈さくらんぼ共生園〉に所属する荒木恵二さんの次は、村山特別支援学校本校へ通う長濱哲哉さん。

本文

プロローグ:関係性から生まれるもの

2019年より山形で続く、“障害のある人たちの表現(=「きざし」)とそれに寄り添う「まなざし」に焦点をあてた”公募展「きざしとまなざし」。武田和恵 さんは、その舞台裏を担うひとりだ。各地の福祉施設や個人を訪ねては、表現活動の現況について聞き取りを重ねている。 

「きざしとまなざし」。たとえば、こんなことがあったという。ある福祉施設では、備品を毎日のように駐車場に並べる人がいた。もちろん、利用したい人からすれば困ってしまう。しかし、スタッフはその行為に戸惑いながらも、「なぜだろう?」という自身の素直な視点に立ち、 写真を撮って記録を続けた。“いたずら”のような営みの蓄積に、その人の意思の表れを汲み取ったのだ。

「問題行動だと見なされるような行為も、とらえ方を変えれば、ものを創造する芸術活動なのかもしれない。だから、『きざしとまなざし』展では、そんな関係性から生まれてくる、表現の“きざし”を紹介しているんです」と武田さんは言う。


【写真】長濱哲哉さんが通う村山特別支援学校本校の廊下を、3人の生徒と1人の先生が一緒に歩いていく後ろ姿

絵を描くことが、コミュニケーションに

山形市谷柏(やがしわ)へ。国道を走ると、薄く雪をまとった月山(がっさん)が遠目に見える。とんぼが舞う黄金色の田んぼや、りんごが実る果樹園。晩秋の風景を横切りながら、村山特別支援学校本校に到着した。校舎は随所に木が生かされ、採光が心地良い。廊下や教室には生徒のにぎやかな声が明るく響いた。

【写真】長濱哲哉さんが教室の机に向かい、油性ペンで絵を描いている様子。

ここに通う長濱哲哉さん(「てっちん」と呼ばれている)は高校3年生。昼休みになると、教室でいつも絵を描いているのだという。「すぐ描き上げちゃいます。数十枚を毎日必ず」と、母の奈穂子さん。この日は保育士をしている姉の志穂さんも立ち会い、哲哉さんがこれまでに描いた作品を見せてくれた。手に抱えたトートバッグや紙袋を預かると、束になった絵がずっしりと重い。

【写真】哲哉さんがこれまでに描いた絵が、机いっぱいに広げられている。絵には自分自身が登場し、歌を歌っていたり、鉄板でもんじゃ焼きのようなものを焼いたりする様子が表れる。また、「三びきのこぶた」など絵本の表紙をモチーフにした絵もある。

哲哉さんがこれまでに描いた絵の一部。膨大な枚数におよぶが、奈穂子さんと志穂さんは一つひとつの情景をつぶさに説明してくれる

【写真】重ねられた作品の一番上に、哲哉さんが鍵盤ハーモニカを演奏している風景を描いた絵が載せられている。右に男性、左に女性も描かれ、鍵盤ハーモニカを目をつぶり楽しみながら合奏している。♯(シャープ)や音符、ト音記号なども浮かぶ。
【写真】車を運転する様子を描いた絵。運転手の目線から見た構図になっており、ハンドルを握る手や自身の脚が描かれている。ハンドルのまわりにはスイッチやメーターがあらゆるところに付いており、フロントウィンドウの先には、道行く人の姿がある。
【写真】教室で絵を描いている哲哉さんの手元のアップ。丸い枠がいくつも並び、その一つひとつに人や動物の顔が描かれている。哲哉さんは黒いペンで枠と顔を描き終わったあとに、それぞれカラーのペンで色を塗っていく。

「てっちんの絵は、本人が編み出した技術なんだと思う」。取材の前に武田さんが語った言葉を思い出す。自閉症で、話すことがあまり得意ではない哲哉さん。幼い頃は、感情を表すことができず、よく癇癪(かんしゃく)やパニックを起こし泣いていたそうだ。しかし、小学生のとき、お絵描きボードに「チョコアイスがたべたいな」と絵や文字で示すことで、意思が伝わる手応えを覚えた。それから中学校へ上がると、ある公募展への出品をきっかけに、自身の気持ちや願望を表現するようになる。

【写真】哲哉さんが小学生時代に用いていたお絵かきボード。「チョコアイスがたべたいな」の文字とアイスの絵が描かれている。
【写真】集中して絵を描く、哲哉さんの横顔

「ずっとひとりで遊んでいたので、人には興味がないのかな、もしかしたら人嫌いなのかもしれない、と心配していました。でも、絵を描きだしてから、『てっちんの世界はこんなに豊かに広がっているんだ』とわかったんです」と奈穂子さん。たとえば、たくさんの人や動物が、笑顔で手を振る様子を描いた絵がある。「放課後デイサービスから迎えの車で帰るとき、メンバーやスタッフみんなで『またね』と手を振るのが嬉しかったんだなと思って。感情を表には出さないけれど、こんなふうに見えていたんだな」と、奈穂子さんは続ける。

【写真】哲哉さんの姉・志穂さんが手に額装された絵を持っている様子。花柄の赤い振袖を着た志穂さんと、Tシャツ姿の哲哉さんが並んでいる。
志穂さんが、成人式のときに哲哉さんが描いたという絵を見せてくれた。「『篤姫(あつひめ)みたい』って。自分なりに気持ちを表してくれて、嬉しかったです」

今では、絵を描くことが、哲哉さんの日常的なコミュニケーションになっている。志穂さんも、そうした哲哉さんの自己表現、生き方の工夫ともいえる営みに向き合ってきた。

「苦手な部分をどうカバーすると生きやすい社会になるのか、てっちんと一緒に過ごすなかで痛感しました」と志穂さんは語る。相手の意思にどう共感するか。哲哉さんとともに育つなかで自然と培われたその姿勢は、子どもと接する自身の仕事にも重なっている。

【写真】机で絵を描く哲哉さんと、絵を指差しながら哲哉さんに話しかける志穂さん

関連人物

長濱哲哉

(英語表記)NAGAHAMA Tetsuya

(長濱哲哉さんのプロフィール)
2005年生まれ。小学生の頃にお絵描きボードで絵をはじめ、色を施すため紙にペンで描くスタイルへ。中学生からは毎日数十枚を創作。自身も登場するユニークな作品には、夢が色彩豊かに表れる。

武田和恵

(英語表記)TAKEDA Kazue

(武田和恵さんのプロフィール)
やまがたアートサポートセンター ら・ら・らコーディネーター。障害のある人の芸術活動を支えるネットワークづくり、展覧会の企画運営などに従事。