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【写真】目の前に川と緑が見える、いつもの席で制作中のmegumiさん

(カテゴリー)アーティスト

megumi

(この記事について)

静かに描かれた線画は、やがて思いもよらぬ色合いを獲得する。現実からポップな非現実へ。色彩が移り変わっていく、長崎県〈ミナトマチファクトリー〉のイラストレーター、megumiさんの作品。

(更新日)2022年08月04日

CREDIT

[写真]  中村 紀世志

[文]  小野好美

本文

【作品画像】港のある佐世保の風景を描いた作品。船の基部は青に、海と空は落ち着いた青で塗られたパターン

《佐世保景色1》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2020年

船は黄色一色に、海と空はマゼンダ寄りの紫色に塗られたパターン

《佐世保景色2》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2020年

船の基部は赤に、海と空は明るい青に塗られたパターン

《佐世保景色3》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2020年

丸みとエッジの間に。
「ここ」という輪郭をつかみ取る瞬間

佐世保川、そこにかかるアルバカーキ橋。川向こうに佐世保公園とニミッツパーク。水と緑が眼前いっぱいに広がるビルの2階に長崎県佐世保市〈MINATOMACHI FACTORY〉(ミナトマチファクトリー)はある。気持ちまで広々するようなこの風景に臨む窓際の席が、megumiさんのいつもの場所だ。ここで静かに、ゆっくりとmegumiさんはスケッチブックにサインペンを滑らせる。

【写真】

静かな佇まいで、淡々と線画を描き進めるmegumiさん

造船所、軍艦島に外国人バー。ランタンフェスティバル、佐世保バーガー。佐世保の風景や食べものをモチーフにした作品が多い。写真は職員がセレクトし、提案する。megumiさんは見慣れているであろうそれらに、自分のタッチで新しい輪郭を付与していく。ファニーで温かい表情を持つ輪郭線だ。

「どんなモチーフもmegumiさんのフィルターを通して、おもしろい作品になるんです」

megumiさんの制作をサポートしている職員の田中聡子さんはそう教えてくれた。

【写真】

制作をそっと見守る、職員の田中聡子さん(写真右)。田中さんはmegumiさんが描くモチーフを提案したり、イラストを取り込んだテキスタイルのデザインも行っている。

この日描いていたのは、喫茶店コメダ珈琲店のデザートとドリンク。写真を見ながらmegumiさんは、ソフトクリームの載ったパイ、マグカップやそこに注がれたコーヒーの丸みとエッジの間に、「ここ」という輪郭をつかみ、線画に置き換えていく。

【写真】

写真を見ながら描いた下書きを、サインペンでゆっくりなぞる。

【写真】

線画が完成!これから着彩のためPCに取り込むところ

PCがもたらした、色違いの作品が生まれるおもしろさ

着色は、PCに線画をスキャンして取り込み、Adobe社のソフトIllustratorを使って行う。ライブペイントというこの工程にmegumiさんは熟達していて、素早く、テンポ良く色をつけていく。とても職人的だ。色鉛筆やクレパスでの着彩を試したこともあるが、今はこの方法に落ち着いた。

【写真】

Adobe社のソフトPhotoshopで線画をデータ化した後、Illustratorのライブペイント機能で色を塗っていくのがmegumiさんの手法。

色つけ作業の1枚目は、元の写真に基づいた色合いに。2枚目からは完全にオリジナルの色づかいで、例えばソフトクリームがピンクに、人物の顔は緑になったり紫になったりする。元の写真がモノクロなら、1枚目からmegumiさんオリジナルカラーになる。

【写真】

同じ色はコピー&ペーストして、手早く色が載せられていく。

【写真】

1枚目の着色がほぼ完成。この後、2枚目の色つけ工程に移る。

【写真】

2枚目以降はオリジナルの色合いに。megumiさん独自の世界がぐっと深まる。

名画を模写したシリーズもある。ムンクもフェルメールもボッティチェリも、知っているはずの構図と見たことのない自由闊達なカラーリングに脳が一瞬戸惑い、その後でジワリと「素敵だなあ」、「おもしろいなあ」という思いが湧き上がる。思考の枠が少し、広がる。そんな風に色違いの作品を合わせて4点ほど仕上げるのがmegumiさんの定番だ。4枚並べると、現実世界からmegumiさんの内側に広がる世界へと色味がどんどんスライドしていき、不思議な移動感覚をもたらす。

【作品画像】佐世保に立ち並ぶ、外国人向けのバー店内のイラスト。ピンクを基調としたパターン

《外人バー1》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2016年

黒と赤を基調としたパターン

《外人バー2》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2016年

青を基調としたパターン

《外人バー3》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2016年

思いがけず開けた、職業イラストレーターへの道

ミナトマチファクトリーは布に直接印刷できるガーメントプリンターを備えていて、megumiさんの作品も完成するとその場でどんどん布に印刷され、近くにある同系列の〈佐世保布小物製作所〉で裁断、縫製されてポーチやハンカチなどの布製品に生まれ変わっていく。イラストの一部を職員が総柄にデザインしたテキスタイルもバッグやポーチになる。

そうした商品パッケージの台紙をカッターで切り抜いたり、組み立てたりといった軽作業もmegumiさんは得意で、時々行う。

【写真】

megumiさんのイラストから一部を抜き出し、職員の田中さんが総柄にデザイン。それを印刷した布地はポーチやバッグに仕立てられる。このデザインのモチーフは九十九島(くじゅうくしま)。

【写真】

イラストの一部をデザインしたテキスタイルから作った、バッグとポーチ。

ミナトマチファクトリーに通い始める以前、megumiさんはいくつかの事業所に通ったが、長く続いたのはここが初めてだった。通い始めて9年ほどが経つ。当初、megumiさんは就労の役に立つ技術を身に付けたいと思い、エクセルやワードを学ぶつもりだった。

ところが「試しに描いてみたら」と職員に勧められて描いたイラストが評判を呼んだ。コメダ珈琲店の公募に応募すると、見事採用。豆菓子のパッケージになり、またフランチャイズ店が店舗に飾るために購入できる100枚限定のシリアルナンバー付きポスターは完売。今や〈ミナトマチファクトリー〉を代表する職業イラストレーターなのだ。megumiさんが依頼主の似顔絵を描き、〈ミナトマチファクトリー〉でデザインして仕上げる名刺も人気がある。

【写真】

megumiさんのイラストが採用されたコメダ珈琲店の豆菓子のパッケージ。2020年の1年間、季節ごとに4つのパッケージになり全国の店舗でコーヒーに添えられた。

現在、megumiさんがミナトマチファクトリーに通うのは週二日。そのほかの日は、描いた絵を自宅でPCに取り込み、在宅勤務の形で着色作業をしている。

megumiさんは、コメダ珈琲店のパッケージやポスターに採用されたことをうれしくは思うが、実際に店舗に足を運んだことはまだないのだと言葉少なに教えてくれた。やっぱり、職人さんみたいだ。

【作品画像】コメダ珈琲店のドリンクやフードを描いたイラスト

《コメダ珈琲》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2019年

作品の中にゴッホの自画像を模写したものがあった。ゴッホの自画像といえば、原画は付随する画家のストーリーが刷り込まれているせいか、陰鬱な印象が強い。でもmegumiさんが模写したゴッホはずいぶん明るい顔色をしている。それに、

「このゴッホ、袖なしなんですよね」

職員の坂井佳代さんがこっそり教えてくれた。原画ではジャケットを着ているけれど、megumiさんのゴッホは肩から先がむき出しだ。ノースリーブ姿で少しだけ陽気に見えるゴッホ。またしても、こちらの狭い考えの枠が広がり、心楽しい気持ちがした。

【写真】

megumiさんが名画を模写したシリーズを印刷した、カードケース(1000円)。ポップな色展開が、どんな時も愉快な気持ちにさせてくれる

【写真】

megumiさんが描く佐世保の風景やイベントシリーズを印刷したカードケース(1000円)

【作品画像】クレーンが並ぶ、佐世保の造船所を描いた作品。4つの色違いパターンがある。

《SSK》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2016年

【作品画像】長崎市にある端島、通称「軍艦島」を俯瞰で描いた作品。色を塗る前の線画のオリジナル

《軍艦島 線画》/スケッチブック、サインペン/287×202mm/2018年

海は落ち着いた青、島はグレーを基調にしたパターン

《軍艦島1》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2018年

海は暗いうぐいす色、島は茶色を基調にしたパターン

《軍艦島2》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2018年

海は暗い赤、島はレモンイエローを基調にしたパターン

《軍艦島3》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/287×202mm/2018年

【作品画像】提灯が並ぶ、長崎ランタンフェスティバルの様子を描いたイラスト。色を塗る前の線画のオリジナル

《ランタンフェスティバル 線画》/スケッチブック、サインペン/287×202mm/2019年

黄色と赤をメインにしたパターン

《ランタンフェスティバル1》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/282×202mm/2019年

黄色とグレーをメインにしたパターン

《ランタンフェスティバル2》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/282×202mm/2019年

手前の提灯が黄色と青や赤、緑のストライプになっているパターン

《ランタンフェスティバル3》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/282×202mm/2019年

明るい黄色をメインにしたパターン

《ランタンフェスティバル4》/スケッチブック、サインペン、デジタル着色/282×202mm/2019年

【写真】

職員の田中さん(写真右)は、megumiさんの影響を受けて、自分もイラストを描くように。いくつかの作品が〈ミナトマチファクトリー〉のプロダクトに採用されている。

(埋め込みコンテンツについて) megumiさん作品制作風景

(埋め込みコンテンツの説明) 【YouTube動画】


PROFILE関連人物

megumi

(megumiさんのプロフィール)

佐世保市在住。2015年より長崎県〈ミナトマチファクトリー〉に通い始めたのち、何気なく描いたスケッチの世界観に周囲が驚く。以来、本格的にイラストを描くようになった。抜け感のある表現力と印象的な線の描写。色彩で遊び、鮮烈な作品を作り出す。人目をひくイラストは自身のように力強さとユーモアに溢れている。2017年、2018年「ART BRUT FESTIVAL 2018 生のままの芸術、独創的な芸術作品たち」(諫早市美術)、2019年「minatomachi factory 雑貨になったアートたち」(佐世保市博物館島瀬美術センター)、2019年「Minatomachi factory. Zoo作品展」(長崎 アルカスsasebo)に出展。野田武一商店ろうそくパッケージ、コメダ珈琲店 店内ポスター、コメダ珈琲店 豆菓子パッケージ等にイラストが採用されている。

(megumiさんの関連サイト)