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日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展

(シリーズ)「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」ができるまで

(このシリーズについて)10月13日から東京・青山のスペース「スパイラル」で開催中の期間限定の美術館「日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展 ミュージアム・オブ・トゥギャザー」。アウトサイダー・アート、現代アートといった境界を取り払い、誰もが楽しめるアクセシブルな展覧会にしようと、障害のある当事者とともに会場構成から鑑賞プログラムまで、さまざまな取り組みを行なっています。 展覧会開催まで、キュレーターをはじめとする関係者たちにそのプロセスについてインタビューしながら、「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」の楽しみかたについて紐解いていきます。

(タイトル)01 キュレーション

ロジャー・マクドナルド×塩見有子

(この記事について)

第1回目は本展覧会のキュレーター、ロジャー・マクドナルドさんと塩見有子さんです。両氏は2001年よりNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]を立ち上げ、現代アートの展覧会やプロジェクト、教育プログラムなどを企画・運営しています。「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」の出展作家を選んだプロセスとその背景、また展覧会の見どころについて伺いました。

(更新日)2017年09月22日

CREDIT

[文]  佐藤恵美

[写真]  田上浩一

「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」のキュレーションの背景

――「日本財団DIVERSITYINTHEARTS企画展ミュージアム・オブ・トゥギャザー(以下、ミュージアム・オブ・トゥギャザー)」のキュレーションは、どのようなところからスタートしたのでしょうか。この展覧会に関わることになった経緯から教えていただけますか?

塩見有子(以下、塩見):今回のプロジェクトに関わることになったそもそものきっかけは、5年前に遡ります。私たちのNPO法人「AIT(エイト)」では、現代アートの作り手や担い手を育成する教育プログラムを運営しているんですが、それがきっかけとなって日本財団から依頼があり、2012年から2年間、5つのアール・ブリュット美術館01のキュレーターを育成するプログラムを担当することになったんです。これらのアール・ブリュット美術館は、いずれも障害者の支援事業も行なっているため、そこで働くキュレーターたちとの交流の中で、福祉の現場でどのように作品が生まれているのかを知りました。そんな経緯もあって、今回日本財団から声をかけていただいたんです。

ロジャー・マクドナルド(以下、マクドナルド):今回の展覧会は、障害者のアート活動を中心に据えた「日本財団DIVERSITYINTHEARTS」というプロジェクトの一環として企画されたもの。僕らはそのキュレーションを依頼されたのだけど、これまでアール・ブリュット02アウトサイダー・アート03と呼ばれるような障害者のアートを専門としてきたわけではないので、今まで活動してきた現代アートの領域からアプローチするしかないと、初めに依頼を受けたときは思いました。

(写真について)会場の作品の配置を考えるために作成した模型。

――お二人はこのプロジェクトに関わるまで、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートの存在をどのように見ていたのでしょうか。

塩見:私が学生時代にロンドンでアートを学んだころには、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートは美術史の一部として組み込まれていました。でも、日本でアール・ブリュット美術館のキュレーターの話を聞いたり、文献を調べたりしているうちに欧米とは状況が違うのかもしれないと、だんだんわかってきて。

マクドナルド:たとえば、表現方法に無意識や夢などを重視したシュルレアリスム04は、美術史に刻まれた20世紀最大の芸術運動ですよね。これを提唱したアンドレ・ブルトンと、1945年にフランスでアール・ブリュットを提唱したジャン・デュビュッフェ05には親交があり、また、シュルレアリストたちの多くは、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートを積極的に収集し、展示をした人たちでした。私が学生時代に師事していた、『アウトサイダー・アート』の著者で美術評論家のロジャー・カーディナルもまた、もともとはシュルレアリスムの研究からアウトサイダー・アートに関心を寄せた一人です。つまり、シュルレアリスムとアール・ブリュット、アウトサイダー・アートは地続きで、無関係ではないということなんです。

塩見:その観点でいくと、日本でアール・ブリュットやアウトサイダー・アートと呼ばれる作品は、美術史との接続点が語られることが少ない気がします。

(写真について)ロジャー・マクドナルドさん。
(写真について)塩見有子さん。

――近年では、世界的に見てアール・ブリュットやアウトサイダー・アートはどのような位置付けにあると言えるでしょうか?

塩見:海外の動向を見渡すと、パリやニューヨークでは「アウトサイダー・アートフェア06」というアウトサイダー・アートに特化したマーケットがあり、参加ギャラリー数も年々増えているみたいですね。それから、2013年の「第55回ヴェネチア・ビエンナーレ07」は、アウトサイダー・アートと現代アートの垣根を崩したことで大きな反響を呼んだ重要な展覧会です。

マクドナルド:そうした動きがきっかけとなって、これまで現代アートの議論の中心には入ってこなかったアウトサイダー・アート、フォークアート、オカルト、霊媒師などの作品も展覧会で注目を浴びるようになりました。私自身はこういった作品にもともと興味を持っていたので、今回の企画をもらったときはとてもワクワクしましたね。何より作品が本当に面白い!

(写真について)2014年のアウトサイダー・アートフェアの図録(上)とアフリカ系アーティストの作品を扱っている美術館「スタジオ・ミュージアム・イン・ハーレ」(ニューヨーク)の展覧会図録(下)。

作品に向き合い、集中して見ること

塩見:この展覧会の準備のために、アート活動が行われている福祉施設や、作家個人の自宅やアトリエなどに訪れましたが、アトリエや制作部屋の片隅で大量の作品群を見つけたときには心が躍りましたね。

マクドナルド:確かに私も制作現場で作品と向き合ったとき、美術界で当たり前とされてきた既存の固定観念や価値観を超えるものを感じました。今回展覧会に参加する作家の中には、言葉でのコミュニケーションが難しい人もいます。その場合、施設のスタッフや作家のご家族から話を聞くのですが、実際のところ本人の制作意図はわからないので、作品そのものや制作の様子を集中して見ることが作品を理解する上でより重要になると考えました。

塩見:注意深く観察することがいつにも増して必要でしたね。集中力も問われました。

マクドナルド:だからこそキュレーションが一方的な押し付けにならないように気をつけなければ、というのをいつも以上に意識しました。特に、障害のある作家については、「障害がある」という情報によって作品の見方が変わってしまうこともあります。作家の個人的なバイオグラフィ(個人史)を、鑑賞者にどこまでどう伝えるのがよいのか。そこが一番悩んだ部分でもありました。そうした意味では、「どう鑑賞するのがふさわしいのか」という部分にここまでしっかりと向き合ったのは初めてかもしれません。結果、作品の隣に作家のバイオグラフィを見せるという一般的な展示方法はやめて、会場内を持ち歩けるハンドブックにまとめることにしました。

塩見:ハンドブックに載せるバイオグラフィは、いわゆる一般的なプロフィールや受賞歴ではなくて、私たちがリサーチのために作家に会いに行き、制作背景に触れて感じた私的で日記のようなテキストにしようと、二人で話し合いました。特に自宅や施設で制作している人は、家族やスタッフなど周りの助けがあるからこそ作品づくりを続けられる人もいます。作家自身のことだけでなく、そうした背景も含めて伝えられるといいなと。社会問題や時代性から作品を語る書き方をしなかったのは、今回の展覧会ではそれはあまり重要ではないと判断したからです。

マクドナルド:それから、鑑賞という部分においては、今回はテーマを設けても作品に負けてしまうだろうという思いから、明確なテーマは決めていません。テーマを立てない分、“どう鑑賞するか”という会場構成の部分に注力しました。

(写真について)会場のどこにどの作品を展示するかを考える上で、ある程度のグルーピングをするなどスタディを重ねた。

ブラブラと散歩するような展覧会

――会場構成や、障害のある人とない人がともに展覧会を楽しむための「アクセス・アート・プログラム」もキュレーションに関わる大きな特徴ですね。

マクドナルド:そうですね。準備段階から視覚障害や聴覚障害、身体障害のある人たちと何度も対話を重ね、さまざまな人が鑑賞を楽しめるようなアクセシビリティ08を考えてきました。展覧会のロゴには8度の傾斜がついた台形を使用していますが、それは会場に設置するスロープの角度でもあり、普通の美術館とは少し角度を変えた展覧会、という思いも込めています。建築家チームのアトリエ・ワンによる会場構成も独特で、「スパイラル」という建物のなかに大胆にスパイラル(渦巻き)の壁を立てる。作品同士が対話をはじめるような配置とは?というのを、重点的に話していましたね。

塩見:アクセス・アート・プログラムの大きな特徴としては、触ることができる作品を意識的に選んでいたり、オーディオ・ディスクリプション(音声ガイド)にもチャレンジしていること。聴覚障害、視覚障害のある当事者が中心となって企画している新しい鑑賞プログラムも、この展覧会の見どころの一つです。

マクドナルド:鑑賞する人が自分なりの動線を発見できたらいいですね。ピンと張りつめた真っ白なギャラリー空間ではなく、ブラブラと散歩するように会場を回遊するうちに感覚が揺らいでくるような。そんな鑑賞のムードをつくりたいな、と思っています。

(写真について)パブロ・ピカソの展覧会図録。「人体を描く作家も何人か参加しますが、どこかピカソが残した匂いを感じられる」とロジャーさん。

アートのジャンルを越えて

――22名の作家にたどり着くまでには、どのようなプロセスを経たのでしょうか。

塩見:私もロジャーも、普段は福祉施設と接点がないので、最初に10名のリサーチ・キュレーター09に「最近印象に残った作品を紹介してください」と呼びかけ、より多くの意見や知見をもらいました。それから日本財団が持っているコレクションも重要な要素として参考にしました。

マクドナルド:作家を選定していく上では、アドルフ・ヴェルフリ10ヘンリー・ダーガー11などヨーロッパで評価されてきたアウトサイダー・アーティストとは違う展開を意識しました。彼らのような作品は神格的に扱われることがありますが、そうした位置付けについてもそろそろ考え直してもいいのではないかと思っているんです。障害があろうとなかろうと、プロであろうとアマチュアであろうと、どんな作家も悩みや苦しみを抱えていて、体や道具を使い物質を操作し作品をつくる。その点において違いはありません。また、今回は現代アートの作家も出品していますが、特に手や身体による制作、つくることの喜びを大事にしている人を選びました。それによってアートがジャンルを越えてつながるきっかけになればいいなと思います。

塩見川内理香子さんやEmiさんなどはまさに身体の動きが感じられる作品です。身体の中で何が起こって自分の精神とどう関わっているのかなど、その関係性が大事な要素になっています。

(写真について)渡邊義紘さんの切り紙作品と、ロジャーさんが彼の制作場所に訪れた際に一緒に写った写真。ロジャーさんが訪問した後、彼のお母さんからお手紙と一緒に届いた。

「道具」としてのアートとは?

――展覧会の「キュレーターズメッセージ」の中で、アートを「能動的な道具であると捉えてみる」と書かれていますよね。

マクドナルド:今回はヒーリングとしてのアートの可能性も考えたい、と思いました。「ヒーリング」は日本語では「癒し」と訳されますが、洞窟壁画や宗教芸術などに見られるようにアートには古くから癒しに近い作用もありました。観る側だけではなく、つくり手にとって作品をつくることが心を安定させる作業にもなるのではないか。そのための手段、つまり「道具」としてアートを捉えても良いのではないか、と。

塩見:たとえば藤岡祐機さんは、大きな声を出すこともありますが、制作しているときは本当に静かでした。周りに目もくれずにひたすらハサミで紙に切り込みをいれていく。

マクドナルド:もちろん観る側にとってもアートが何らかの道具になるのではないかという視点も、この展覧会の大きなポイントです。かつて19世紀末のヨーロッパでは、「生活や仕事場に美術があるべき」という考え方のもと、アーツ・アンド・クラフツ運動12という大きな動きが巻き起こりました。日本では、特に工芸の分野を中心に立ち上がった民藝運動13がその影響を受けています。ただ鑑賞するのでなく、使ってこそ生かされる。現代にそんなアートの見方があってもいいのではないかと思うんです。日常のふとした隙間にアートがあり、ふいに意識が揺さぶられる。この「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」では、そんな体験を提供できたら、と思っています。


◎Information

日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展
ミュージアム・オブ・トゥギャザー

>>特設サイト

■会期:2017年10月13日(金)〜31日(火)
■開館時間:11:00〜20:00(10/13は18:00まで)/会期中無休
■会場:スパイラルガーデン(東京都港区南青山5-6-23 スパイラル1F)
■アクセス:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線「表参道駅」B1出口前もしくB3出口より渋谷方向へ1分。※B3出口にエレベーター・エスカレーターがあります。
■入場料:無料
■主催:日本財団
■制作:一般財団法人日本財団DIVERSITY IN THE ARTS
■監修:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
■参加作家:青山悟、占部史人、Emi(エミ)、川内理香子、クリスチャン・ヒダカ、小松和子、清水千秋、清水ちる、土屋信子、土屋正彦、寺口さやか、ピーター・マクドナルド、藤岡祐機、古谷秀男、堀江佳世、松永直、水内正隆、みずのき絵画教室、森雅樹、八島孝一、竜之介、渡邊義紘、香取慎吾


KEYWORDS (記事中の言葉)

01: アール・ブリュット美術館

ここでは日本財団の「アール・ブリュット支援事業」の中で生まれた美術館を指す。詳しくは、https://www.diversity-in-the-arts.jp/aboutの「これまでの実績」を参照。

02: アール・ブリュット

「生(き)の芸術」というフランス語。正規の芸術教育を受けていない人による、技巧や流行に囚われない自由で無垢な表現を讃えて、1945年にフランス人の美術家、ジャン・デュビュッフェが創り出した言葉。その後、イギリスの美術評論家、ロジャー・カーディナルにより「アウトサイダー・アート」と英訳され、世界各地へ広まった。

03: アウトサイダー・アート

イギリスの美術批評家であるロジャー・カーディナルが「アール・ブリュット」を英語で紹介する際に訳した言葉。1972年に刊行した書籍『Outsider Art』にて発表された。

04: シュルレアリスム

第一次世界大戦後の1924年、フランスの著述家で詩人、アンドレ・ブルトン(1896-1966)の「シュルレアリスム宣言」によって確立された芸術運動。ダダイズムを継承し、フロイトの思想を基盤としたこの運動は、文学、美術界において革新をもたらした。理性や論理を排除し、夢や幻想、無意識を表現することで、社会の制約的な構造からの人間性の解放を謳った。その実験的技法として、「オートマティスム」(自動記述)や、デペイズマン(違和効果)が用いられている。パリに端を発したこの運動は、20世紀において世界的な影響を及ぼした。

05: ジャン・デュビュッフェ

1901-1985。フランスの画家。ワイン商をしていた父のあとを継ぎ、40歳を過ぎて画家となる。前衛美術運動のひとつ、アンフォルメルの先駆的アーティストであり、1945年、それまでの西洋美術の凝り固まった価値観やしがらみを否定し、精神障害者や未開の人など、正当な美術教育を受けてこなかった人々の絵画を「アール・ブリュット」(生(き)の芸術」と名付け、広めていった。

06: アウトサイダー・アートフェア

1993年にニューヨークで始まった、アウトサイダー・アートに特化した国際的なアートフェア。サンフォード・L・スミス協会によって設立・運営され、2012年に画商のアンドルー・エドリンに運営権が移動している。現在は毎年1月にニューヨーク、10月にパリで開催されている。

07: 第55回ヴェネチア・ビエンナーレ

2013年に開催されたヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展。歴代最年少で総合ディレクターを務めマッシミリアーノ・ジオーニは、「エンサイクロペディック・パレス(百科事典的宮殿)」をテーマに掲げ、38の国と地域から150点を越える作品が集められた。アウトサイダーとされてきたアーティストたちを多く招聘(しょうへい)し、現代アーティストたちと同じ舞台で紹介するという挑戦的な企画によって大きな反響を呼ぶ。「誰がインサイダーで、誰がアウトサイダーなのか」と、鑑賞者へ疑問を投げかけた歴史的な展覧会として語られている。

08: アクセシビリティ

場所や情報、サービスなどへのアクセスのしやすさや、利用のしやすさを表す。

09: リサーチ・キュレーター

日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展 ミュージアム・オブ・トゥギャザー」のリサーチ・キュレーターは以下の通り。赤荻徹(アトリエ・エー)、大内郁(アーツカウンシル新潟)、岡部兼芳(はじまりの美術館)、岡部太郎(たんぽぽ家)、奥山理子(みずき美術館)、千葉真利、津口在五(鞆の津ミュージアム)、松本志帆子(藁工ミュージアム)、森岡督行(森岡書店)、山下完和(やまなみ工房)。

10: アドルフ・ヴェルフリ

Adolf Wölfli/1864年、スイス、ベルン郊外の貧しい家庭に7人兄弟の末っ子として生まれる。ヴェルフリは幼い頃から里親の元を転々とし、厳しい労働を強いられるなど孤独と生活苦に苛まれる日々を送る。数回にわたる犯罪の末、31歳で統合失調症と診断され精神科病院に収容される。その4年後の1899年、鉛筆と新聞用紙を与えられ、絵を描き始める。最初に取り組んだ空想の世界の自伝的シリーズ『揺りかごから墓場まで』は、4年間で2,970頁にわたる物語を紡いだ。『地理と代数の書』では理想の王国を築く方法を詳細に説き、『歌と舞曲の書』では独創的な音楽づくりに没頭。自らのレクイエムとして描いた『葬送行進曲』は、2年間で16冊、8,404頁におよんだが、1930年、腸の病により死去。1945年、フランスの画家ジャン・デュビュッフェによってアール・ブリュットの芸術家として位置づけられ、広くその存在が知られるようになった。

11: ヘンリー・ダーガー

1892-1973。81歳で亡くなったのち、彼が住んでいたアメリカ・シカゴのアパートで『非現実の王国で』という戦争物語が発見される。それは300余りの挿絵が描かれた15,145ページにも及ぶ物語だった。彼の作品は、アウトサイダー・アートの代表的作家として世界で知られるようになる。生前は幼い頃に両親と死別。孤児院で育つも脱走し、病院で清掃人兼皿洗いとして働きながら、19歳の頃、この物語の執筆を始める。やがて物語の図解を試み、ゴミ捨て場から拾った宗教画や新聞、広告に描かれた女の子の絵をトレースしていった。物語の主人公となったその少女たちは、裸体だったり、男性器を加えられたりして描かれ、邪悪な大人たちと戦いを繰り広げていく。

12: アーツ・アンド・クラフツ運動

19世紀末から20世紀初頭、イギリスに起こったデザイン運動。詩人、思想家、デザイナーであったウィリアム・モリスが主導した。モリスは、思想家であり美術評論家のジョン・ラスキンの影響を受け、中世の手工芸に美術の本質を見出し、産業革命後の機械生産による工芸品に反発し、改革を展開した。

13: 民藝運動

1926年に柳宗悦、河井寛次郎、浜田庄司らによって提唱された生活文化運動。当時の工芸界は華美な装飾を施した観賞用の作品が主流だったが、柳たちは日常の生活道具を「民藝(民衆的工芸)」と名付け、美術品に負けない美しさがあると唱え、美は生活の中にあると提唱した。

PROFILE関連人物

ロジャー・マクドナルド

(英語表記)Roger McDonald

(ロジャー・マクドナルドさんのプロフィール)

アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]副ディレクター。1971年生まれ。ケント大学にて宗教学修士課程修了後、美術理論にて博士号を取得。博士号では近代アートとスピリチュアリティーを研究。2002年、仲間とともにAITを立ち上げ、現代アートの学校MADを開講、現在もプログラム・ディレクターをつとめる。個人美術館フェンバーガー・ハウス(長野県佐久市)ディレクター。現在は、アートと変性意識の関係をテーマに、研究やキュレーションを行う。

(ロジャー・マクドナルドさんの関連サイト)

塩見有子

(英語表記)Yuko Shiomi

(塩見有子さんのプロフィール)

アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト] ディレクター。東京生まれ。学習院大学法学部政治学科卒業後、イギリスのサザビーズインスティテュートオブアーツにて現代美術ディプロマコースを修了。帰国後、ナンジョウアンドアソシエイツを経て、2002年、AITを立ち上げ、代表に就任。現代アートの教育プログラムMADを始動させたほか、メルセデス・ベンツ日本やマネックス証券、ドイツ銀行、日産自動車など企業と連携事業を含む、企画やマネジメント、組織運営などを行う。

(塩見有子さんの関連サイト)

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