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(カテゴリー)REPORTS

(タイトル)ぬか つくるとこ(岡山県)

(この記事について)

名前も空間もユニークな通所施設は、暮らしの中で生まれる小さなできごとに目を向け、価値を生み出す場。「ぬかびと」とスタッフがともに作り上げる、日々を楽しむためのアイデアに満ちた活動とは。

(更新日)2017年12月11日

CREDIT

[写真]  阿部健

[文]  井出幸亮

癖やこだわりを持つ面白い人たちが、 成功も失敗もできる場所

「ここに普段から通っていらっしゃる方は“ぬかびと”さん。みなさんのように訪れて来られた方は“まぜびと”さんと呼んでいるんです」

岡山県都窪郡早島町、福祉事業所〈ぬか つくるとこ〉を運営する代表の中野厚志さんはそう話す。その呼称の由来はもちろん、このユニークな事業所の名前から。

「“ぬか”って玄米を精白した時に出る外皮や胚芽で、白米を食べるときには不要なものとして取り除かれますよね。でも、そのぬかは手間暇をかけて発酵させれば、美味しい漬物を生み出す“ぬか床”になります。そんな風に、一見役に立たないように思えること、あまり価値がないように思われていることでも、角度を変えて見ることでこれまで気付けなかった価値が生まれたりする。そうした考え方を、障害者をとりまく社会にも少しずつ広げていけたらという思いが込められています」

中野さんの言葉どおり、〈ぬか つくるとこ〉が行うさまざまな活動は、「ぬかびと」一人ひとりの個性を活かしながら、日常を目一杯楽しむためのアイデアに満ちている。秀逸なネーミングもそんな演出のひとつだ。仮面ライダーのベルトなどの「変身グッズ」が大好きで、ボール紙などを使って日常的に制作する上木戸恒太さんが主宰するワークショップルーム「上木戸工作室」。生活の中で生まれる気付きや違和感、感動などさまざまな言葉を書きためている戸田雅夫さんの言葉が書かれたおみくじ「とだみくじ」を売る「とだのま」。緻密なスウェーデン刺繍が得意な安田千夏さんと一緒に、オリジナルブレンドのコーヒーを飲みながらのんびり刺繍を行う「チカさんのちくちくワークショップ」。一般の参加者を交えて行われるものもあれば、七夕の日を迎えるにあたり一週間を演劇で盛り上げる「ドラマチックウィーク」や、何が流れてくるかわからない流しそうめん大会「世にも絶妙なそうめん流し」など、「ぬかびと」たちで楽しむ日常的なイベントも多くある。

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ペットボトルなど身の回りのものを使って工作するのが得意な上木戸恒太さん。

「行事は自由参加で、月に3、4回くらい行っています。イチゴ狩りに行ってスイーツを作ろうとか、もらったお年玉を使っちゃおうとか、些細なことでもストーリーの作り方次第でイベントになる。僕らは創作としてのアート活動はしてもしなくてもいいと思っていて、あくまで日々を楽しくしていくための媒体のひとつとして捉えています。「ぬかびと」さんはそれぞれ独特の癖やこだわりを持っていらっしゃいますが、僕らはそれを面白さと捉え、アウトプットしていきたい。〈ぬか つくるとこ〉は面白い人たちが集まってやりたいことができる、成功も失敗もできる場所でありたいと思っています」

(写真について)

絵を描いたりアイロンビーズをするのが好きな市田誠さん。


一見、無駄なことに意味があると思える スタッフたちとともに

何かを作りたい人は作り、本を読みたい人は本を読み、じっとしていたい人はじっとしていられる。時にはみんなで歌や演奏を行ったりもする。常時20人ほどが通所する施設は、利用者それぞれが自分らしくあるための場。彼らが日々の生活を楽しみ、心地よく過ごすために欠かせないベースとしてあるのが、「ぬかびと」が毎日過ごすその空間だ。町内に残っていた築100年以上の蔵を改装した、広々として温かみのある木造家屋。従来の通所施設のイメージとは異なるこの建物を見つけて、「『ここでやってみたい』と思ったことが施設を立ち上げるきっかけになった」と中野さんは言う。

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〈ぬか つくるとこ〉代表の中野厚志さんは1972年生まれ。新しい試みを通じて既存の福祉業界にさまざまな提案を投げかけている。

「倉敷市内の福祉法人が運営する障害者支援施設で15年くらい働いて、絵の教室などに関わっているうちに、すごく面白いと思い、自分でやってみたくなったんです。仕事を辞めて1年くらいの間、今の〈ぬか つくるとこ〉の仲間たちとともに全国を周り、大阪〈アトリエコーナス〉、福岡〈工房まる〉、鹿児島〈しょうぶ学園〉、滋賀〈やまなみ工房〉、高知〈画楽〉など意欲的な試みをされている施設を訪ねて刺激を受け、201312月、思い切って法人を立ち上げました」

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月に30冊以上もの本を読む読書家の戸田雅夫さん。新聞を読んで気になった言葉を書き込んだり、写真に気の利いた言葉をつけるのが得意。

スタッフには、デザインや陶芸、農業をやっていた人など、これまで福祉の業界と関わりのなかった人も含めて多彩な人々が集まってきた。「自分自身、それまで働いてきた福祉の世界の常識に縛られていたので、彼らの視点に新鮮な気づきを得ることができました」。今も不定期で「アイデアラッシュ」と呼ぶ会議を行っているという。

「まずはどんどん、無責任にアイデアを広げてみる。そうした話の中で生まれた、自分たちが面白いと思ったことをどんどん形にしていこうと。僕らにとって一番良いのは、“稟議書”が必要ないこと。僕たちがやりたいことって、一般的な組織では『こんなことにお金をかけるなんて』と言われてしまいそうなことばかりなんですよ。そういう一見、無駄なことに意味があると思えるスタッフが集まってくれたのがありがたいですね」

日常を楽しく、心地よく過ごすために。今やその大きな柱にもなっているのは、毎日の食事。中野さんの大学時代の先輩で、20年以上飲食業で働いていたシェフが作る創作ランチは和食、洋食、中華、時にはアフリカンからハワイアンまで幅広く、手間ひまをかけたもの。

「美味しいものを食べると嬉しいし、スタッフも頑張れる。一般の人も前日までの予約で『ぬかびと』さんたちに混ざって食事ができます。こうした施設に入ったことのない人も多いと思うので、ランチを提供することでお互いの交流の場になればと思っています」

年に一度のアニュアルイベント「ぬかよろこび」でも一般の人々にも参加してもらい、ランチボックスなどの食事を提供しながら、さまざまな企画を行っている。今年は、「ぬかびと」の市田誠さんが描く絵を使いオリジナルのテキスタイルグッズを制作するワークショップ「イチダテキスタイル研究所」や、オセロの得意な池田朋雄さんが店長となり青空対局が楽しめる「イケトモのオセロカフェ」。ハンセン病療養所に関するプロジェクトを企画する二人のゲストを迎えたトークセッションも行われた。

(写真について)

スタッフのビーンさんが全身タイツに身を包めば、〈ぬか つくるとこ〉の大人気キャラ「黄金チクビーン」に変身! 彼の音頭で、みんなの思い思いの演奏が始まった。

話すこと、作ること、遊ぶこと、食べること……小さな日常のできごとの中に、見えなかった価値を発見する。そうした行いそのものこそ、アートの本質ではないだろうか。〈ぬか つくるとこ〉は利用者はもちろんスタッフにとっても新たな気づきを形にできる場であり、そこで得た価値を自分たちの周囲にも広げていける媒体でもある。「ぬか床」を毎日かき混ぜることで、時間をかけてゆっくりと発酵し、美味しくなっていく「ぬか漬け」のように。障害者それぞれの持つ個性や魅力が少しずつ花開いていくための小さなチャレンジが、日々楽しみながら続けられている。


○Information

ぬかつくるとこ
岡山県都窪郡早島町早島1465-1
tel.086-482-0002
http://nuca.jp