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ともに笑い、怒り、語るために――「わたしの幻聴幻覚」プロジェクト

目次

【写真】愛媛県・松山の〈和光会館〉外観。石造りの門の両脇に木が植えられ、地面に木漏れ日が映っている。門の先には駐車場と、同館に併設された、NPO法人シアターネットワークえひめが運営する〈シアターねこ〉の玄関口がある。

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ともに笑い、怒り、語るために――「わたしの幻聴幻覚」プロジェクト

おはなし 聞く、語る、語りなおすこと

クレジット

[文・編集]  永江大(MUESUM)

[写真]  善家宏明

読了まで約9分

(更新日)2024年04月05日

(この記事について)

異なる他者の感覚に表現を通して向き合い、対話を生み出す。そんな実践が、愛媛・松山のNPO法人シアターネットワークえひめで行われている。精神障害のある利用者同士がそれぞれの抱える幻聴幻覚について聞き取りとスケッチを行い、カードや演劇の台本を制作し、制作物を用いたワークショップを通して共有するというものだ。2023年7月に開催された本プロジェクトの展覧会を振り返りながら、「聞く、語る、語りなおす」ことを考えてみたい。

本文

「ともにつくる」対話から生まれるもの

「この病気にならないと理解できないと思います。どうせ、他人事でございましょう」

展覧会名でもあるこの言葉は、「わたしの幻聴幻覚」プロジェクト1)の取り組みのなかで聞き取りを行った精神障害者福祉支援施設に通うある利用者のものだという。この言葉を言わざるをえない状況と背景があるということ。見えない断絶が滲むような言葉に導かれるまま、松山を訪れた。

松山城の東側に位置する〈和光会館〉に、NPO法人シアターネットワークえひめ(以下、TNE)の運営する精神障害者就労継続支援B型事業所〈風のねこ〉と、小劇場〈シアターねこ〉が併設されている。福祉と舞台芸術の横断的な取り組みを行う稀有な場所だ。

1)「わたしの幻聴幻覚」プロジェクト:2019年、TNEによってスタート。2020年度より、文化庁委託事業:障害者等による文化芸術活動推進事業に採択された。統合失調症の主な症状である幻聴幻覚の表現に関わる取り組みを重ねながら、精神障害のある人たちの言葉と出合い、幻聴幻覚について知る、「他人事にしない」社会にしていくための活動

【写真】〈シアターねこ〉で行われた「わたしの幻聴幻覚」プロジェクトの展覧会風景。白い天板の付いた長い展示台が2つ並列し、プロジェクトで制作された絵や資料が置かれている。黒い壁面にはモニターも掛けられ、数人の人がパイプ椅子に着き車座になっている映像が映る。会場には、その映像を眺める、半袖・半ズボンの服装にリュックを背負った来場者の姿がある。また、会場の奥には段差になったスペースがあり、そこにもモニターが置かれている。手前にはパイプ椅子が置かれ、来場者が座って映像を見ている。
《幻聴幻覚カード原画》(2019〜2023年)、《幻聴幻覚台本》(2022年)、ワークショップのドキュメンタリー映像(2023年)を展示。階段状の客席スペースでは、設置されたモニターで、飯山由貴さんの映像作品《海の観音さまに会いにいく》(2014年)など3つの映像作品を観ることができる

下駄箱に靴をしまい、2階へと上がる。受付で「この病気にならないと理解できないと思います。どうせ、他人事でございましょう」展2)(以下、他人事展)の概要が記載されたハンドアウトを受け取ると、会場であるシアターへ。舞台側には「わたしの幻聴幻覚」プロジェクトを通して制作した作品群とワークショップのプロセスを伝える映像。客席側には本展の展示設計・企画アドバイザーを務めた美術家の飯山由貴(いいやまゆき)さんによる映像作品が展示されている。

2)「この病気にならないと理解できないと思います。どうせ、他人事でございましょう」展:「わたしの幻聴幻覚」プロジェクトの途中経過を伝えるべく、2023年7月13日〜30日の期間、〈シアターねこ〉にて開催された展覧会。美術家の飯山由貴さんが展示設計・企画アドバイザーを務め、展示構成やプロジェクトのプロセスを記録した映像の編集などを手がけた。会期中にはゲストを交えた4回のギャラリートークと、「共に生きる社会ってなに?〜表現やアートができること」と題したシンポジウムを開催

プロジェクトのスタートは2019年。東京・世田谷区の福祉事業所〈ハーモニー〉制作の『幻聴妄想かるた』と出合い、自分たちも同じ取り組みに挑戦したいと電話で問い合わせたことがきっかけだった。同年8月から〈風のねこ〉で幻聴幻覚カードをつくるための聞き取りがはじまり、カードづくりと並行して2020年には、「障害のある人との表現を考えるラボ」を立ち上げ、俳優であり演出家・劇作家の有門正太郎(ありかどしょうたろう)さんを招き利用者とともにワークショップを実施。その後は有門さんに加え、Hanbun.sato.co(はんぶんさとこ)さん、斉藤かおるさんといったアーティストが合流。現在も、関わる人の幅をさらに広げ、幻聴幻覚の世界を知るための演劇的手法を取り入れるなど、ワークショップのかたちも変わりつつある。

TNE代表の森本しげみさんは当時を振り返りながら「最初はアーティストも利用者も不安だらけ。でも、回数を重ねるなかで、お互いのことを知り、対話する状況が生まれていった」と話す。

【写真】有門さんによるワークショップの様子。床にブルーシートが敷かれ、壁にたわんだ白い布が掛けられた作業空間。有門さんと数人の利用者が、向かい合ってパイプ椅子に座り、全員が両手で目を覆っている。
「自分の身体の声を聞く」というテーマで顔のストレッチを行う、有門さんによるワークショップの様子。各々「目の調子はどうですか」と身体に問いかけ、向き合う時間をつくった  画像提供:「わたしの幻聴幻覚」プロジェクト

「話せる」場があるということ

当初、聞き取りと作画は、〈風のねこ〉の利用者同士で行っていた。幻聴幻覚のある人とない人がおり、幻聴幻覚がある人のなかでもそれぞれ頻度や内容は異なる。ヒアリング相手にスケッチを見せながら、姿形や色、どんな音や声をしているかなど、1回につき2時間ほどかけて細部を聞き取りしていったという。2022年からは外部の美術家が入り、4コマ漫画も制作することに。森本さんは「聞き取りをしている間も、幻聴幻覚に命令されている利用者の方がいるので、『目の前にいらっしゃるんですね。こんにちは!』『どんな幻聴さんですか?』『色は?』など、対話しながらその場で絵を描いていました。だんだんと利用者さん同士の関係性も育っていって、絵の表現が豊かになっていったように感じます」と実感を語る。

【写真】《幻聴幻覚カード原画》の展示を、俯瞰で撮影した写真。利用者の幻聴幻覚が、テキストとともにカラーのイラストに描き起こされている。看護服を着た笑顔の人のまわりに、「ナースコール♪」を連呼する吹き出しや音符が描かれた絵。また、ヘビのように長い手に、身体をぐるぐる巻きにされ苦しんでいる人を描いた絵。周囲の目に怯えている人を描いた絵などがある。
2019〜2023年に制作された《幻聴幻覚カード原画》。ネガティブな情景だけでなく、その人にとって生きる支えになるようなものも描かれている 作画:tawa

幻聴幻覚カードを用いて、2022年に制作したのが《幻聴幻覚台本》だ。ワークショップの参加者同士で配役を変えながら、それぞれがセリフに込められた感情や意図を想像し、発話していく。このとき、アドバイザーとして携わっていた飯山さんは、報告書のなかで次のように書いている。「他者によって自分の幻聴幻覚のエピソードが演じられる様子を、幻聴幻覚を経験した本人も参加して見聞きし、肯定的に考えている様子が印象的だった。個人が経験し、恐ろしかったり優しかったりする幻聴や幻覚の経験が、ある小さな集団の物語へと変化していく時間だった」

幻聴幻覚カードを制作するきっかけにもなった『幻聴妄想かるた』を知るまでは、幻聴幻覚を広く伝えることに躊躇があったという森本さん。医療機関や精神保健の現場で活動する人ならば当たり前のことかもしれないが、幻聴幻覚を共有すればするほど、統合失調症や精神障害のある人たちを特別な人の枠に分断し、追いやることになってしまう。しかし、《幻聴幻覚台本》にあるようなユニークな話を聞くにつれ、「これは(幻聴幻覚を抱える人たちの経験を共有するための)フックにするしかない」とあらためて考えた。

「台本をみんなで聞き合って、ともに場をつくっていくようなワークショップ空間のなかでは、幻聴幻覚のある・なしや、講師・参加者といった枠は気にならなくなって、みんな一緒なんやなぁという感覚があります。そういった場があって、医療機関や家族にさえ言うのもはばかられるような、自分のなかに閉ざしていたものを“話せる”ということが、まずは大きな一歩なんです。それによって症状が変わることはないんですが、幻聴幻覚を自分から引き離して考えられるようになった、というのはあるのかもしれません」

【写真】《幻聴幻覚台本》の一部。「いじめ惑星」にいじめられているY子さんを「たこ入道さん」が助けに来てくれるという幻覚がつづられている。

幻聴幻覚カードを用いたワークショップから生まれた《幻聴幻覚台本》(一部)。幻聴幻覚の内容を、演劇の台本のように話者・セリフとして書き起こしている。

【写真】《幻聴幻覚台本》を使った演劇ワークショップの記録映像から、場面をキャプチャーした画像。シアター内で車座になって台本を読む利用者たちの姿がある。画面下部には、「たこ入道(ドリームレインボー):Y子さん、Y子さんはいい子だから助けてあげますらい」というセリフの字幕が、またその横にはイラストに描き起こされたたこ入道の幻覚のイラストが表示されている。

《幻聴幻覚台本》を使った演劇ワークショップの様子。参加者の近況や雑談から毎回スタートする 
画像提供:「わたしの幻聴幻覚」プロジェクト

※画像の《幻聴幻覚台本》の「たこ入道さん」はこちらからテキストデータでもお読みいただけます。

言葉や感情を重ねる

シアターに併設された楽屋には、市内の精神疾患・精神障害のある人が通う4施設の利用者と飯山さんのワークショップ「これはなんでも思っていることを書いていいカードです」を経て生まれた作品たち—さまざまな言葉が描かれたボードが置かれている。

【写真】シアター内の楽屋に、いくつものカラフルなボードが設置されている様子。壁や棚のふちに貼られたものもあれば、椅子の座面や机の上に立てかけられたものも。いずれにも、「私だって好きでこうなったわけじゃない」など、思い思いの言葉が手書きでつづられている。

「利用者の方は、朝になると自分の描いたものをみんな見にくるんですよ。こうやってじーっと見てるかと思うと、『距離ができてるんかなぁ……うん。見てもらえて、いい』って」と森本さん

【写真】棚や机に貼られたボードの写真。「いつも私たちを陰日向と支えてくださってありがとうございます」「私は小さい頃から『型』にはめられることが嫌いでした。自分のペースを乱されることが何よりも苦痛です。」などの言葉が書かれている

展示を見に来たほかの施設利用者が「私も書きたい」と、いくつか追加になった言葉もあるという

社会運動において掲げられるプラカードのように、色も字体も大きさも、表れている主張も多様だ。そこには幻聴幻覚とはほぼ関係なく、個人の等身大の悩み、あきらめ、感謝、怒りなどの感情がちりばめられている。書いた人たちの息づかいや生活の雰囲気が感じられ、それらは筆者にとっても、自分の暮らしや感情と重なる部分がある。異なる感覚や身体をもつ人と人との関わりのなかで、他者を本当の意味で理解することはできないが、だからこそその重なりを実感できる場はとても貴重だ。目の前にいる人の表現や言葉を聞き、自分が何者かを語ること。そのなかで重なり合う〝何か〟を語りなおすプロセスにこそ、すでに同じ地面の上にともにあるということを知る術があるのではないだろうか。


Information
〈NPO法人シアターネットワークえひめ〉
住所:愛媛県松山市緑町1-2-1 シアターねこ2階
電話・FAX:089-904-5173(風のねこ)
問合せ受付時間: 9:00-17:00(土曜、日曜、祝日休み)
Web:NPO法人シアターネットワークえひめ公式サイト