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(カテゴリー)ARTISTS

(タイトル)松本美千代

(この記事について)

「ミミズオヤジ」「へんないきもの」「オンナノコ」「足長虫」、北海道オホーツク圏遠軽町で暮らす野山を駆けずり回る無頼派、「いきもの」を描く。

(更新日)2018年3月28日

CREDIT

[文]  嘉納礼奈[芸術人類学研究者]

[写真・映像]  高橋マナミ

泣く子も黙る松本流「いきもの」図鑑

動物だったり、虫だったり、人の顔だったり。絵の作者にそれが何かを尋ねてみると、その都度違う答えが返ってくる。確かなことは「いきもの」を描いているということだ。いきものたちの特徴は、黒く縁取られた体内に色付けられた細胞のような点と線だ。細かい点や短い線で丁寧に色付けられている

まるで、飛びかかってきそうな躍動感はそのせいではないだろうか。

(写真について)

ポコラート全国公募展vol.3で保坂健二朗賞を受賞した「足長虫」、画用紙にアクリル絵具で。今にもこちらに飛びかかってきそうだ。

作者の松本美千代さんは、入所施設〈向陽園〉で開園当初から40年間ずっと生活している。70歳の松本さんは、人生の大半をここで過ごしてきた。

2010年、向陽園に〈アート活動支援室ぴかり〉ができて初めて絵を描いた。以前は、絵を一切描かず、野山を駆け回るか、廊下で観察活動をしているかであった。また、やんちゃな性格で無頼派。若い頃は近隣地域にその名をかせていた。

(写真について)

「たんぽぽ8」は松本さんが暮らすユニットの名前。家族のようなユニットのメンバーたちの写真コラージュの右上に、松本さんの少年時代のモノクロ写真発見。

ぴかり担当の菊地里奈さんが、廊下で時間を持て余す松本さんに「ちょっと絵でも描いてみない」と声をかけた。嫌とは言わず、1枚の画用紙に1匹のいきものを描いた。以降、1カ月に3枚程度描くようになる。松本さんの絵を廊下に飾ると、支援員たちが皆びっくりした。「いきもの」たちは、ポコラート全国公募展vol.3 で見事受賞を果たした。すると、受賞を機に、創作スタイルが一変する。「俺、描かなきゃならない」と、これまで1年に30枚程度だったのに対し、1カ月に300枚のペースで描くようになる。5、6枚同時に着手し、工程毎にベルトコンベア方式で効率よく多量生産できる術を身につけた。

(写真について)

松本さんは、右手も左手も自由自在の両刀使い。左手で彩色も点描調に丁寧に仕上げる。

画用紙数枚を用意し、1枚毎にいきものの輪郭を黒いアクリル絵の具で描く。次は、順番にアクリル絵の具で色付けの工程に入る。これまでのペースより速いため色付けのタッチが少し荒くなっていた。最近は、生産量・生産ペース共に落ち着き、月に数枚程度仕上げている。

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絵を描くのは月に1回程度。それ以外の時間は、松本さんは高さ2mの大きな窓から外を眺めている。「朝になるとエゾリスは歩いている」と遠くの木の枝を指差す。また、春から秋にかけては、野山へへびの住処を探しに行く。へびは怖くて嫌いだが、嫌いなものがどこにいるかを確かめたいという。


PROFILE関連人物

松本美千代さんの顔写真

松本美千代

(英語表記)Michiyo Matsumoto

(松本美千代さんのプロフィール)

1947年北海道生まれ、北海道在住。社会福祉法人北光福祉会向陽園所属。2010年よりドローイングの制作を始める。作品のテーマについて、「動物だとか、人間の顔だとか……、いつも見てるやつだ。テレビとかで」と語る。2013年ポコラート全国公募展vol.3で保坂健二郎賞受賞。

嘉納礼奈[芸術人類学研究者]

(英語表記)Rena Kano

(嘉納礼奈[芸術人類学研究者]さんのプロフィール)

兵庫県生まれ。芸術人類学研究、EHESS(フランス国立社会社会科学高等研究院)、フランス社会人類学研究所在籍。パリ第4大学美術史学部修士課程修了。国立ルーブル学院博物館学課程修了。アウトサイダー・アートの研究、企画などに携わる。現在、アーツ千代田3331にて「ポコラート全国公募」コーディネーターも務める。『美術手帖』『ユリイカ』など多数寄稿。

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